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May 19, 2009

「いまこそ覚悟の時代?」

Tutuji2


 本屋へ行くと目立つところに並べてある新刊書にざっと眼を通すのを常
とする。
最近やけに、「覚悟」という文字が目につく。
 たとえば、野球選手の書いた本とかにである。

そういった中で、五木寛之著「人間の覚悟」という新書を読んだのである。
 帯には、「経済が、絆が、国が壊れていく。ついに、"覚悟"を決めるとき
が来た。」とある。
 結構、ショッキングな言葉ではある。

「覚悟」というのは、"悟りを覚える”というのが字ズラからの意味であろう。

 五木さんは言う。

「覚悟」という言葉はもともと仏教用語で、辞書には「迷いを去り、道理を
さとること」とあります。
 他に、「危険や困難を予想して、その心構えをすること」、そして、「あき
らめること、観念すること」があります。
 ”あきらめる”、という言葉は私の意見では、「明らかに究める」こと。
物事をはっきりと究め、現実はこうなのだと覚悟することでしょう。

 何かを信じる、というのは何かを選択することに他なりません。
そして選択したら異議ははさまず、証明がなくてもそのことを信じてゆく
しかないわけです。 
 自分が信じることを選択したなら、それを信じて生きていくしかないという
のも「覚悟」なのだろうと思います。

 12世紀後半、平安末期から鎌倉時代のはじめというのは、今と同様に
価値観が大きく変動した時期でした。
(地震、飢饉、火事などの天災も多く、朝廷から武士へと権力体制の変化
もありの激動の時代・・・かずぼう注)

 法然は「念仏で人は救われる、阿弥陀如来がすべての人をすくってくだ
さる」といっておおきな支持を得ました。
 そして弟子の親鸞は、なぜ念仏を信じればすくわれるのか、その秘密を
説明して欲しい、と乞うた人びとに「それは分からない。私は師の法然を
信じてその教えのままに生きています。それでもし地獄に落ちたとしても
後悔はしません」と答えるわけです。

 何かを信じたなら、裏切られることがあっても絶対に後悔もせず、責めも
しない、それも「覚悟」なのです。
 ですから、今のような時代には、"信じる”ということほど大事なことはない
のかもしれません。

 最後に、五木寛之さんは、こう結論づけます。

ブッダが「天上天下唯我独尊」と言ったように、自分は誰も代わることがで
きないたった一人の存在だから尊いのです。
 そのことは、上り坂でも、下り坂でも変わりません。
この先が、「地獄」であっても、極楽であっても、です。
 生きることの大変さと儚さを胸に、この一日一日を感謝して生きていくしか
ない。
 そう"覚悟”しているのです。

なるほどね!
 「日日是好日」ということでしょうか・・・違ったかな?
「覚悟」を決めて、日日、修行・・・修行・・・ということでしょうか。


 

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May 08, 2009

「百里ヶ岳登山」

Hyakuri

          百里新道の尾根歩き


 今年は密度の濃い五月の連休だった。
例年は、どこも混んでいるし、行列や時間待ちも嫌いなほうなので、家
でゴロゴロしていて、出かけるのも近場くらいであった。
 それが今年のゴールデンウィークは行事が多かった。

29日は、愛犬アレン(2才)の兄弟や親戚が百匹以上集合するという
親睦会に出席するために犬山市まで出かけた。
 1年に1度の親睦会は河川敷で行なわれ、多くのテントが立ち並ぶ中
1年ぶりのワンちゃんや友人に出会い感激である。

3日(日)からは、1泊2日の京都行き、6日の最終日には山行きである。

 ひさしぶりの京都、先ずは臨済宗の禅寺・東福寺に出かける。
東福寺は、紅葉で有名で、シーズンには紅葉狩りの人々でごった返す。
 今は青紅葉というのか、みずみずしい青葉がそれなりに美しい。
”伽藍面”でも有名で、広大な敷地に立派な建物は壮観である。
 復興された日本で最大最古の室町時代の遺構である国宝の「山門」
通天橋からの青紅葉の広大さにも眼を見張る。
 この東福寺は、たぶん今まで2、3回は訪れているはずである。
紅葉のときに誰かさんと来たのは少し覚えているが、後は記憶にない。
 いつもながら、ええかげんな記憶である。

 足を棒にしながらの帰路の途中に、雪舟の作ったという庭園をのぞき
に芬陀院(ふんだいん)に寄る。
 縁側から、枯山水の庭園を、背景の竹林の葉ずれの音のみの静かな
空間から眺めた。
 時折のそよ風に竹の枯葉が竹とんぼの舞うように音もなく、くるくる回り
ながら落ちてゆく。
 静かだなあ・・・。
枯葉が地面に落ちる時の音さえ、聞こえるような気がする。

 その次は、京都国立博物館で開かれている「妙心寺展」を観に行く。
特に面白かったのは、開祖・関山慧玄が変わった人らしかっったようで
世縁の粘着を極端に嫌い、隠遁の生涯で、伝記や彫像、頂相等を残す
事が一切なかったそうなのである。
 だから、像ができたのは相当後のことで、実際の面相などは不明な
のだそうである。
 まわりの常識を超え、思いを貫くとはいさぎよく、りっぱという他はない。

翌日は、相国寺の「金閣・銀閣名宝展」を承天閣美術館に観に行った。
 ここはりっぱな美術館で、種々の軸物、禅僧の頂相、像、墨蹟が多数
観ることができた。
なかでも、伊藤若冲の墨絵や色鮮やかな「釈迦三尊像」は眼を惹いた。
 墨絵は、わりと平面的で地味だったが、色絵となると一転して豪華に
なる。 ・・・さすがである。

 茶道具も多く出展されており、天目茶碗が天目台に乗せてあるのを
はじめて見た。
 それに、天目茶碗というのは、中国の天目山の寺院で使われていた
茶碗で、窯変の黒茶碗だけでなくいろいろ種類があるようである。
 いろいろ勉強になるものである。
急に京都にいる先輩で、茶道具専門に陶芸にいそしんでいるらしいと
聞き及んでいたのを思い出した。

そのT先輩の住所を友人に携帯でやっとのことで聞きだし、失礼ながら
連絡もせずに突然の訪問となった。
 先輩の家は、聖護院の京大病院の近くにあった。
おそるおそる玄関のボタンを押す。

 「おうっ、何だい?どうしたっ!」
「失礼ながら、貴殿の作製された茶陶を見せて頂きたく、お伺いす」
 「うん、まあ上がれ!」

 昔、一緒に2年間ほど職場を同じくしただけなのに、快く迎えて頂く。
初めは元ガレージらしき窯場である。
 電気ガマが、でんと鎮座し、あたりに所狭しと作成中の品々が並ぶ。
次は、電動ロクロの置いてあるところに案内される。
 横に台所と食卓があるので、そこは居間と推察される。
居間の半分を作業場が占める。
 これでは奥さんが苦情を言われるのも当たり前である。
しかし、先輩は、「今、抹茶椀を作っているところなんだ!」と6つ位の
作品を見せられた。
 横で作品を乾かすための扇風機がまわっている。

師匠を持たず独学の作品は、ろくろの技が光っており、”プロ”の域に
達しているようだ。
  友人が、「君の作品は、それほどとは思わないが、T先輩の茶陶は
すごいぞ!」といったわけがわかったのである。
 「下大路閑人」(しもおおじ・かんじん)という雅号で、落款の押された
名刺を頂く。
 参った・・・参った・・・。

休日の突然の訪問、迷惑なので長居無用と早々に出る。
 それでも小1時間は居たようだ。
羊羹にお抹茶、それに自作の小壷まで頂戴した。

その後、「都めっせ」の大古本市に出向く。
 かずぼうは無類の"本好き"なので、興奮で心臓がパクパクする。
40店舗位はあるのだろうか、狭い会場に店がひしめいている。
 みんな本好きの人々でごった返しているものの私語ひとつなく意外と
静かである。
 結局2時間ばかりいたのだろうか、足を棒にしながら仏教関係の本を
4,5冊買った。
 面白いもので、皆、僕と一緒で興奮しているし疲れているのだろう。
レジでのつり銭忘れが多いらしく、係員がマイクでの呼び出しの多いこと。

 急ぎ足の京都巡りだったが、充実した日を送れて満足、満足。

やっと、連休最後の6日の「百里ヶ岳・登山」の話である。
 連休登山を毎年誘っているH先輩とM後輩は、体調が万全でないせい
か、返事がいまいち乗り気でないようだった。
 もうひとり誘ったのは、毎朝近隣の山の階段登りで鍛錬しているTさん
である。
 彼は二つ返事で、「鍛錬の成果を試して見たいので参加します」だと。

前日は、翌日の在所はアメダス・・・という天気予報。
 困ったのである。
ピンポイントの百里ヶ岳付近の天気予報をヤフーで検索すると、微雨で
1時間あたりの降水量は多くて3ミリと出ている。
 今回は南のほうに雨雲がいて、北へ向かっている模様。
その雨雲の速度が問題である。
 天気予報は6時間くらいずれると、「はずれ」になると思う。
なにせ、あるエリアの行動時間内の天気が庶民は知りたいのである。

 とにかく、行くか行かないかの決断を迫られる。
山登りの師匠に電話する。
 「そのくらいの雨なら行けるんじゃないの?まあ、隊長の決断だな!
ピンポイントの天気予報も数時間毎に変わるからよく見ておくことだね」

 リーダーの決断かあ!さすが師匠いいアドバイスをくださるのだ。
そのうち、微雨だが降水量0ミリの予報が出る。

よし!決行だ!頼りない隊長ではあるが「決断のとき来たれり」である。

 当地は夜になって、まあまあの雨が降り出した。
案の定、M後輩からは、「本当に行くの?」の電話あり。
 「当たり前だ!行くと言ったら行くのだ!」

 当日は、早朝7時の出発である。
心配された雨も当地はなく、曇り空である。
 1台の車に同乗し、いざ出発!!
1時間半ほどで、朽木の「道の駅」に到着する。
 百里ヶ岳登山口の場所がわからないため現地の人らしい、通りすがりの
おじさんに尋ねる。
 これが運のいいことに親切なおじさんだった。
「ああ、小入谷ね、ここをまっすぐ行って、都会風の黄色い喫茶店を右に折
れて10分くらいね」  詳細に、親切に教えていただく。
 小入谷を「こいりたに」と読んでいたが、正しくは「おにゅうだに」であった。

いざ出発!
 10分あまり車を走らせた頃であろうか。
通り過ごしそうな登り口をH先輩の指摘の大声で、やっとのことで発見する。

 登り口からは、道がはっきりせず、2人ほどは「撤退しよう!」と弱気。
細いやっと探り当てた道、すなわち「百里新道」を歩む。

 この道は、いわゆる尾根道でゆったりと上り下りの1時間半ばかりの道程
である。
 これが思いのほか、つらかったのである。
日頃の運動不足もあるが、距離もあり、アップダウンの連続は気分的にも
つらいのである。

 天候は降雨もなく、曇り空で湿度90%ながら、快適な気温である。
時折、イワカガミの群落に出会う。
 ピンク色の花は可憐だが、まだ時期が早いのか花の数は少ない。
葉っぱはツルツル光っていて「鏡」のようである。
 ミツバツツジの赤い花々も少し見かける。
新緑のナラ、クヌギの木々、ブナの林の中の尾根は樹木の発散するフィト
ンチッドに満たされていて格好の森林浴である。

 あたりは街中では考えられない静寂の中に、時々縄張りの主張か恋の
メッセージかはよくわからないが小鳥のさえずりが聞こえている。
 また、遠くにコガラのドラミングの音が谷間にこだまする。

ようやくのことで、「P805」(ピーク805m)の立て札、シチクレ峠を経て、
県境尾根分岐点に着く。
 ここからは後30分の急な登りである。
幻想的な濃い霧の中、他の誰にも会わずに一等三角点の百里ヶ岳の頂上
931.3mに着く。

 バンザーい!
濃い霧の中、百里四方、と言っても今の50キロ四方が見渡せるはずの展
望は・・・全く何も見えない。

もやの中での昼食・・・いつも思う。
 「アウトドアーでの食事、運動の後での空腹時の食事のうまさよ!」

出発か撤退か・・・迷いながらの決行の山登りであったが、来て良かった!
 悩んだら、とりあえず実践あるのみ・・・。
取り越し苦労して悩むより、先ず実践。
 そうすると、もしも失敗に終わっても後悔はないはず。

 山を登った後は、お決まりのコースの温泉。
朽木の道の駅「くつき新本陣」の裏の山手の「くつき温泉てんくう」で入浴。
 天然弱アルカリ温泉で、肌がツルツルし疲れた体を癒す・・・極楽、極楽。
係りの人の話から、千メートル以上も掘って出た温泉で人気ですとのこと。

こうしてメンバー4人の百里ヶ岳登山は終了したのであった。

 ブログの更新をずぼらで怠っていました。
友人に出会ったとき、「ブログが長い間更新されていないので、病気では
ないかと心配していました」と言われ苦笑のかずぼうです。 

 とりあえず連休中のことをブログにしようとして書き始めると、だらだらと
長文になってしまいました。

 悪しからず・・・。
 

 

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