「無我夢中の時間」
映画監督・大島渚は、1932年京都生まれで、いろいろ悶着のあ
った末、76年「愛のコリーダ」、83年「戦場のメリークリスマス」等で
世界的な評価を受けるにいたる。
後年、脳梗塞をわずらうも、リハビリを経て、半身不随となってもピ
ンクのスーツを着て、杖をつきながらマスコミに登場する。
夫人・小山明子の精一杯の看病もすばらしいが、杖をついてまで
もマスコミに登場するというのは見上げたものである。
普通かっこ悪くて引っ込んでしまうのが、脳梗塞などをわずらって
機能障害のある人の常なのである。
とはいえ、"生病老死”は、誰にでも訪れる普通のこと。
何も取り立てて、あれやこれやと問題にすることもない。
今は、他の病気も多く併発し、闘病生活を続けられていると聞く。
一日も早く直られて、復帰されることを願うばかりである。
彼は、昔、テレビの討論会などにも多く出演し、筋の通った意見をい
ろいろとを述べておられた。
本も何冊か出されている。
その本の中に、だいぶん前のことであるが、ちょっといい話があった。
妻の元女優・小山明子さんが四国のお遍路に行かれたという。
一緒に行こう!と言っていたのだが、監督は忙しいと断ると突然友達
と一緒に旅立ったのだという。
亭主をひとりほっぽり出して行ってしまうとはけしからん!と思って
いたが・・・彼女は実にご機嫌でご帰還となった。
心配だったので、「全部歩けたの?」と聞くと、誇らしげに「歩きました
よ!」と答える。
非常に満足そうだったので、何が一番良かったのか?、と聞くと、彼女
によるとこうである。
要するに何も考えなかったというのである。
ただひたすら歩き、お寺については参拝して、また歩く。
それだけで精一杯で宿に入ったら食べて眠るだけ。
それを1週間である。
この間、他のわずらわしいことを一切考える余裕もなく、無我夢中で
歩き、拝み、食べ、眠るだけだったのが最高に良かったと言うのである。
わずか1週間でも無我夢中になって生きられた妻を、彼はうらやましい
と正直思ったという。
それを一生続けることができるならば、本当に魅力的な人間になれる
はずであろうと彼は言う。
彼は、人生を唐突に結論付ける。
「人生は、無我夢中である時間をどれぐらい持てるかによって決まる」
なるほどね!
うなづけるなあ!
「無我夢中」というのは、「三昧」の境地なのだろう。
それでふと梁塵秘抄の中の一文句を思い出す・・・。
「遊びをせんとや生まれけん
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子供の声聞かば わが身こそゆるがるれ」
そうだね、子供が、縄跳びとか、お手まりとか、おじゃみをしているときの
嬉しそうで真剣な顔や無邪気な笑い声を聞くと「無心」で、「我執」からは
無縁だもんね。
それは、「悟り」の雰囲気さえ感じられるのである。
かずぼうにとっての、「無我夢中」とは何だろうね?
あれとこれと、それとあれと・・・。
ちょっと多すぎるかなあ・・・・? 単純ということだけかもね・・・。











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