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February 27, 2009

「何で悪いんや!」

Kawanokoi

         近所の寺川の鯉たち


 五木寛之氏の本に「ホームレス狩りにとてもショックを受けた」と書いて
ありました。
 一時期、中学生がホームレスを殺す事件が連続しておきたことがあった
でしょ。
 ホームレスの服に火をつけるなどといった残酷な事件がありました。

犯人の中学生が捕まったときに、警察の調べに対して、「何で悪いんや!
あいつらなんにも世の中の役に立ってないやないか」と言ったというんの
です。
「いらない人間じゃないか」という意味でしょう。


 五木氏は事件そのものよりも、その話にショックを受けたそうです。
まさにこの子たちの頭の中は「役に立つ、立たない」という価値観の枠組
みでがっちりできてしまっているんですね。
 さらに、それに対しても何の疑いももたない。
点検する時間も場所もないわけです。

 プラスとマイナス、快と不快、勝ち組と負け組み、そんな二項対立ででき
てしまった自分の枠組みを再点検する場と時間を、自分のお寺が提供でき
ればと考えています。

  如来寺住職:釈徹宗さんの弁


 殺伐とした世の中を作っているのは、われわれ大人たちである。
大人たちの価値観が子供たちに影響しているのである。

 理想論ばかりでもダメだとは思うが、”慈悲”ある世の中にしたいもので
ある。
「役に立つ」「役に立たない」って、そう簡単に判断できるものかなあ・・・。

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February 25, 2009

「自未得度先度他」について

Genkan


 座禅関連であるが、曹洞宗開祖の道元の話である。
彼の一番大切にされていたと思われる言葉にこんなのがある。

 「自未得度先度他」(じみとくどせんどた)

 この言葉は、「大乗涅槃経」(巻38)からきている。
この心を起こすは全人類の模範的な行為であるとされる。

 このこころとは、自らはまだ得ていなくても、先ず先に他に得させてあげる
ということらしい。

 自らが救済される前に、先ず他人を救済し、幸せにしようと願うことである。

道元禅師は、「正法眼蔵発菩提心」で次のように語っている。


菩提心(さとる心)をおこすといふは、おのれいまだわたらざるさきに

一切衆生をわたさんと発願し、いとなむなり。

 衆生を利益すといふは、衆生をして「自未得度先度他」のこころおこさ
しむるなり。

 「自未得度先度他」の心をおこせるちからによりて、われほとけになら
んとおもうべからず。
 

たとひ、ほとけになるべき功徳熟して円満すべしといふも、なおめぐら
して(自分は渡らずに)衆生の成仏得度に回向する(めぐらしてあげる)
なり
 (一切の人々を向こう岸に渡してあげようということ)


 これは、大乗仏教の大乗仏教たるところであろう。
こちらの岸(現世)にある自分が、先ず他人をあちら岸(理想的なすばら
しい世界・・・悟った世界)に渡してあげようとする。
 そして、その他人が、「「自未得度先度他」の心を起こさせるように教
えるというか、導く。

そしてその人も、他人にそうする。
 しかし、自分は謙虚に向こう岸に渡らずに、こちらの岸にいたままで
ある。

 そうすれば、こちら岸には悟った人で一杯になり、こちら岸があちら岸
になってしまう。
 すなわち、こちら岸が、争いのない理想的なすばらしい世界となるの
である。

 道元禅師は、強くこの思い「自未得度先度他」の思いがあったという
わけなのである。

 なるほどね。
道元禅師ってすばらしい人ですよね。

 ”何も求めずにただすわる”という彼の座禅も、根底には「自未得度先
度他」の精神があったのね。

 ただ、ただ感心する”かずぼう”でした。

 


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February 24, 2009

「プチ出家入門」

2hikinoneko

 うちで飼っている猫2匹(ソアレスとリトルゼ)


 ひとあめごとに春が来る・・・と言う。
このごろ雨の日が多い。
 今日もしとしと雨が降っている。

かずぼうは月に2回くらい、近くの図書館へ行くのを常とする。 
 先日、いつものように図書館の中をうろうろする。
ふと見つけたのが、中野東禅著「プチ出家入門」という本であった。

 「プチ」というのは、「小さい」とか、「ちょっと」とかいう意味である。
何のことだろうと、手に取ってみると、

 帯には、「このちっぽけな有限の命にあなたはあまりに多くの荷物を
背負わせようとしていませんか?」

 「自分はえらい」をすてたら、「成功したい」を捨てたら、「自分が」の
「が」を捨てたら、あなたはもっと楽に生きられるはず・・・。

 中身をひもといて見ると、

 「プチ出家」がはやっている。
ちょっとだけ出家する、出家したような気分を味わう、という程度の「出家」
である。
 お寺が主催する「座禅の会」等に一日、参加してみる。
あるいは、「写経の会」に参加してみる。
これも立派に「プチ出家」である。

 もっと本格的にというなら、寺の宿坊に泊まって、2泊3日の修行を積む
という「プチ」もあるし、さらに本格的にというなら、在家のまま得度を受け
て僧になるという出家のしかたもある。

 けっこう若い人たち、特に若い女性も多く驚かされる。
たとえば「一日尼僧体験」を企画した京都の尼寺などは、当初、かなりの
人気で、その中には、さまざまな悩みを抱えて訪れる若い女性が少なくな
かった、と聞いている。

 最近かずぼうは、「座禅の会」に夢中である。
探しまくって、あちこちに顔を出している。
 座禅そのものもそうだが、朝粥、読経やお坊さんの法話、もしくはお坊さ
んとの「仏教について」のお話などに興味津々なのである。

 それで、日曜日になると、明日が遠足という幼稚園児の如く、胸をワクワク
させて、”5時起き”となる。

 「熱しやすく、さめやすい」かずぼうなので、いつまで続くか自分でも皆目
わからないが、まあ、行くところまでいくつもりである。

 何しろ、「座禅の会」のある日の一日の長いこと・・・。
1.5倍は時間がある。
 たくさんやりたいことができるのである。

嗚呼、もったいない・・・感謝、感謝・・・。

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February 03, 2009

「良寛さんにぞっこん」

Roubai

              蝋梅

 最近、良寛さんにぞっこんである。
良寛関係の本をたくさん読み漁っている。
 魅力的な人で、和歌、漢詩、書(墨蹟)は多数残っている。

 子供らとマリつきや、おはじきで遊ぶ姿が有名だが、10年も修行した立派な
禅僧でもある。
 しかし、寺を持たずに、ひとり托鉢だけで暮らし、庵に住む。
字が上手で漢詩、和歌を書くのは、知れ渡っていたようで、人に請われると、
気が向けばよく書いてあげていたようだ。
 70歳になってから、30歳くらいのバツイチの尼さん貞心尼といい仲になると
いう、うらやましいおまけまでついている。

 どちらかというと、寡黙で、ぼーうっとしていたのだが、彼がいるだけで周りを
ほのぼのとさせるオーラが漂うんだ!と評判でもあった。
 とにかくおだやかで、”いいひと”なのである。

だから、「戒語」も乞われるままに書かれたようである。
 
  こんな「戒語」が残っている。


  ことばのおおき はやこと かしましくものいふ


     まあ、おしゃべりの人はヒトは悪くないのだが、軽薄というか、
     卑しいというか、ものごとを熟考しないヒトが多いのである。
     良寛さんは、そういうことをひどく嫌ったようである。
     「口数が少ない ゆっくりいう 静かにものをいう」のは、彼の
     特徴でもあったのだが。

  よく心得ぬことを人に教ふる

  推し量りの事を真実になしていふ

  物知り顔にいふ

  知らぬ道の事をしったげにいふ


     世の中、一億総評論家の時代だから、たくさん居らっしゃるのだ。
     かずぼうにしても耳が痛い・・・。

  悪しきと知りながらいひ通す

  あひだのきれぬ様に物いふ

  ひとのことわりを聞き取らずしておのがことをいひとおす

  いきもつきあはせず物いふ

  おしのつよき


      テレビで、多人数で、夜中じゅう討論しているやかましい番組が
      昔あったが、あれは、そのままこの通りですな。


 他にもあったがすっ飛ばして・・・


 良寛さんがあるとき、親戚から、「うちのどら息子」に説教してくれ!と頼ま
れる。
良寛さんは、部屋で、その息子とふたりきり。

 結局、顔を時々眺めるだけで、良寛さんは一言も発せず。
そして、すごすごと帰る。
 帰り際に、「どら息子」を呼んで、良寛さんのぞうりのヒモを結んでくれるよう
に頼む。 

 「どら息子」が、かがんで良寛さんのぞうりのヒモを結んでいると、頭にひと
しずくの涙が落ちる。
 それで、いっぺんに「どら息子」は改心したという逸話が残っている。
良寛さんらしい逸話である。

 思うに、良寛さんにしても、人に説教する立場ではないようなのである。
庄屋の家に生まれ、長男で名主の見習いまでしておきながら、18歳になっ
てからの突然の出家である。
跡取り息子が出家していなくなるというので両親はどれだけ悲しんだことで
あろう。

 出家の原因はよくわからないが、よっぽどのことがあったと思われるので
ある。
 
 ミステリーの多い良寛さん、当分の間、眼が離せずぞっこんのかずぼうです。

    

   


 

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