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November 27, 2008

「隠居宣言」

Monsirotyou2


 横尾忠則さんが古希を迎えて「隠居宣言」をしたと聞いた。
有名なイラストレーターらしいとしか認識がなかった。
 
 本当はグラフィックデザイナーというお仕事をしている人らしい。
60年代に若者文化の象徴的存在となり、広告界に革命をもたらし、その
後も美術の第一線でエネルギッシュに活躍中である。
 欧米でブレークして、グローバルに認められたアーティストだ。

彼は「宣言」好きで、68年の「死亡宣言」、70年の「休業宣言」、80年の
「画家宣言」、07年の「デザイン廃業宣言」「隠居宣言」している。

 先ず「宣言」してから「実行」ということらしい。
「有言実行」だから文句ないのだが、その精神も大好きである。

 たぶん、実行せざるを得ないところに自分を追い込んで行くタイプなので
あろう。
 
 いろいろ話を聞いていると、彼は「哲学者」でもある。

彼は、06年の古希(70歳)の誕生日を迎えて、自分で若々しく生きてき
て年を感じなかったが、「ああ、これで老人になったのか」と悲嘆にくれる。
 数年前より体調を崩して入院したりして、肉体の老化に気づくのである。

そして、「隠居宣言」をする。

 隠居といっても、江戸時代の普通の隠居ではなく、縁側でお茶をすすり
盆栽に明け暮れるわけではない。

 彼は、「内面的隠居」と言っているが、心の問題だという。
いやなことはなるべくしないようにして、好きなこと、自分が主人公になっ
てしたいことだけをするというのである。

 それで、クライアントの要求や、その他もろもろの制限のある「グラフィッ
ク」の仕事をやめるのである。

 「グラフィック」はお仕事で、「絵画」はお遊びである。
言葉を変えると、「グラフィック」は経済生活で「絵画」は人生である。
 「グラフィック」には少々の思想があればいいが、「絵画」には哲学がな
ければならない。
 「絵画」には、生き方が問題になり、「私とは何者か」または「何故生ま
れてきたのか」という命題をやることだ・・・と言う。

 そういった中で、「グラフィック」をやめ「絵画」に没頭する。
「公開制作」という冒険もしている。

 「公開制作」というのは、何十人かのギャラリーの前で、150号のキャン
バスに「Y字路」をテーマに絵を描く。

 彼は、観客の前で絵を描くことによって、「私意識の消滅」、「自我の喪
失」迷い・思案がなくなるという。
 絵を描きながら、「僕の作品はすべて未完である」とも言う。

他に、小説も書き、「ぶるうらんど」では、泉鏡花文学賞を受賞している。
 多才なのである。

 最後に、「肉体の声を聞け!」(肉体に素直であれ)とか、「少年の心を
忘れるな!」とエールを送り、「冒険をしろ!」と”老人”を叱咤するのである。

 大好きだなあ!忠則さん・・・。

      P・S

   彼は、「隠居宣言」をもう少し早く、60歳のときにしておけばよかった
      とつぶやく。

        うっふふふふふ・・・。


 

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November 17, 2008

「関西文化の日」

Nariaisan

     西国三十三所・二十八番札所:成相寺


 かずぼうは昔から、お寺とか仏像が大好きである。
なぜかはわからない。 
 もしかすると、祖父母の影響かもしれない。
それとも、人の力で及ばないものの存在、未知の力を信じているからなのか
よくわからない。

 久しぶりの予定のない日曜日、近くの宮津方面へドライブした。
西国28番札所・成相寺に行くことにしたのである。
 成相寺は昔行ったことがあるのかもしれないが覚えがない。
有名な”天橋立の股のぞき”をしたのは、成相山の頂上からか、遊園地のビュ
ーランドだったか、それも覚えがない。

 とりあえず、車を走らせ、約1時間ばかりで宮津に着く。
少し道に迷いながら、まず成相山(569m)の頂上まで行く。
 結構道はけわしく、でこぼこの山道は底をすりそうであった。
折りよく小雨もやみ、天橋立が一望の絶景は見事である。

    ラッキー!!
 
 天候がよければ、日本アルプスや白山が見えるそうであるがガスっていて
それは無理だった。

しばらく眺望を楽しんだ後、成相寺に向かう。
 日本古来の山岳宗教の修験場である成相寺は、巡礼の人々でにぎわって
いた。
かずぼうは大体、お寺や美術館では、団体さんに紛れ込むのを常とする。
 団体さんは、たいていガイドの人がいて詳しく説明してくれる。
それを、さも団体の一人のようについて行って説明を拝聴する。

 そのときは、お坊さんが説明しておられた。
ご本尊の正観世音菩薩は秘仏として、普段お姿は見れないそうである。
 つまり33年に一度の御開帳の秘仏ということらしい。
最近では2005年(平成17年)に御開帳されたという。
 あと30年は、姿をあらわせられないのである。
「皆さんは、生きとられるかな?」と年寄りの団体を前にして物騒なことを言う。

 それが、「皆さん幸運ですぞ!」と続き、にこやかなお坊さんの笑顔。
今年が、西国三十三所巡りのもととなった平安時代中期の65代天皇:花山
法皇が亡くなられて千年の御遠忌として「西国三十三所結縁総開帳」の行事
が平成20年9月から3年がかりで行われるという。
 そのおかげで、現在成相寺の御本尊も拝めるというわけである。
かずぼうも後30年は待てなさそうだから、ラッキー!!!
 じっくりと御本尊を眺めて手を合わす。

他には、左甚五郎の真向きの龍の彫刻、四天王、孔雀を背にした明王、閻魔
さん、千手観音などを拝観する。

 お守りや念珠、ポストカード、仏画等も売られていた。
それが不思議なことに、売り子さんがいないのである。
 お坊さんは朱印帳に筆で字を描くのに忙しそうだ。
トレイがおいてあって、勝手にそこで両替したり入金する仕組みのようである。
 百円玉がうず高く積まれていて、千円札も数枚、五千円札も見える。
泥棒する人はいないのだろうかと心配になったが、仏様も見ておられることだ
し大丈夫だろう。 
 本堂を出ると、周辺は紅葉も美しく、写真をパチパチ撮る。
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 五重塔を見上げていると、小雨も降りだしてきたので、早々に曲がりくねっ
た坂道を退散する。

ふもとに、「京都府立丹後郷土資料館」が見える。
 このたぐいは、かずぼう大好きで足早に駆け込む。
「丹後・丹波の薬師信仰」という特別展もしているようである。

 受付で入場料の250円を払おうとしたら、「いりません!」と返された。
どうやら、昨日今日の11月15日、16日が「関西文化の日」というイベントで
関西の美術館、博物館などが入館無料となっているらしいのである。

 またまたラッキー!!!

ここでも又、団体さんに出会い、ガイドさんの説明を拝聴する。
 さらに、紹介のテレビ、DVDの無料で観れるサービスがあったので、喜ん
で椅子に座っての、じっくり拝観、拝聴・・・ゆっくり1時間は説明を楽しむ。

 これで無料とは・・・笑いが止まらない。

特別展の「丹後・丹波の薬師信仰」もすばらしかった。
まじかで観る像高1メートル強の薬師如来坐像は迫力ものだ。

 平城から長岡京平安京へと都が遷る8世紀後半から12世紀ごろ、日本
では薬師如来の霊験がとりわけ貴ばれ、国を護る仏として、また現世で
の苦しみをのぞく道を示す仏として、数々の彫像が制作された。
 このことは、741年に、聖武天皇が国状不安を鎮撫するために全国68
ヶ所に国分寺を建立させたことが原因ともいわれる。
 薬師如来は、現世利益をかなえ、病難厄除と病気平癒だけでなく衆生
の全般的な苦の救済を願うことを旨とする。
 そのため丹後丹波両国では国境の山麓に平安時代の薬師如来像が多
く残されている。 
 その中で、両国境の山々を舞台とする、麻呂子皇子(まろこおうじ)の
鬼退治伝説が生まれた。
 (鬼呑童子の鬼退治伝説とは、また違う物語)

 その鬼退治の物語は、福知山・大江町の清園寺の縁起絵に詳しく描か
れている。
 そのお寺は、かずぼうの縁戚関係のお寺で、よく知っている。
そういえば、和尚が、「うちに、立派な室町時代の縁起絵の三幅の掛け軸
があり、維持が大変なんですよ」とおっしゃっていたのを思い出す。
 これがその掛け軸かア・・・。

その後も薬師如来信仰は続き、江戸時代には、この地域に七仏薬師如来
霊場を相当させ、その扁額が展示されていた。
 その額は舞鶴の多禰寺の本堂にかけられていたという。
そのお寺の副住職はかずぼうの友人である。
 そのコインシデンスには、またまた驚き!!!

都合、2時間くらい、その郷土資料館にいただろうか・・・。

 充実した休日ではあったのである。


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November 13, 2008

「こばなし」

Pentasu

             ペンタス


 
 こばなしを三つ紹介する。


                 離婚申請

 ある家庭裁判所が夫からの離婚調停申請を受けた。
判事、男の妻を呼び出し、「ご主人はあなたの性格が気に入らないと申し立て
ておられますが・・・」

 すると奥様はいかにも驚いたように叫んだ。
「あらっ? おかしいわ。わたし、どなたとでもひどく気の合うたちなんですけど」

 判事、「残念ながらそこなんですよ!奥様。あなたはどの殿方ともよく気が合
いすぎるのです」
   

  

 
                アメリカこばなし

 ある男、町を歩いていると少年に呼びとめられた。

「おじさん、今1ドル落としませんでしたか?」

 「わしがかい?」 男はちょっとポケットをさぐっていたが、
         「ああ落としたようだ。坊や、拾ってくれたのかい?」

「いいえ」 少年は手帳を開いて、何か書いていたが、
 「今ぼくたち、この町になんにんウソつきがいるか調査しているんです」 


                 江戸こばなし


 やぶ医者、急病とて、いそがわしく出てゆく拍子に、隣の子供を足でけと
ばす。
 子供の親とんで出て、「この医者殿、いかな急用だとて人の子をけとばす
というがあるものか」といきり立ち、大いざこざとなる。

 大家が割りに入り、「まあまあ足でけられたがさいわい。この医者の、
                        手にかかったら命があぶない・・・」

 まじめな事を考えていても一日は過ぎ去り、くだらん事を考えていても同
じように一日は過ぎ去る。

 嗚呼,嗚呼・・・。
 

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November 07, 2008

「ビジネスウーマンの台頭」

Yamagobounokouyou

   散歩でよく見るヤマゴボウも紅葉しました

 日本人がワーカホリックと非難され、”働きすぎ”とずっと言われて来た。
最近は、不景気もあり、それほどでもなくゆとりが重視されるようになってきた
ようにも思う今日この頃である。

それと同時に、ビジネスウーマンの活躍が近年多くなってきた。
 重職につく若き女性も増えてきて、実力をつけてきているというか、実力が
すでにあるようである。

 過日大阪に用事があり車を走らせた。
帰りが夕方になり、高速をFMサーフィンしながらの帰路である。
 さすが都会である。
たくさんのFM局があって楽しいのである。
 たまたま女性のディスクジョッキーのFM神戸を聞いた。
”WADA KAFE”という番組らしい。
 どうも彼女は、和田裕美さんといい、営業コンサルタントとして活躍中の人
らしいことがわかった。
 あとで調べてみると、日本ブリタニカの営業で、日本でトップ、世界142カ国
中2位の成績を収めたという逸材であるらしい。

 そのとき友人として訪れていたのが泉正人さんで、彼の最近出された本の
紹介もされていた。
 ふたりは、「顔見知り」するのが共通点の友人であるという。
なんとも奇妙な組み合わせだが、彼は日本ファイナンシャルアカデミー株式
会社の代表取締役社長で今回「お金の教養」という本を出版されたという。
 その本の紹介をしていた。

 かずぼうは、ビジネス書を読むのは嫌いではない。
本屋でビジネス書コーナーを必ず立ち寄ることが多いので好きな方だろう。
 「なぜ彼は成功したか?」とか、「能力開発のコツは?」に興味がある。

それで早速、和田裕美さんと泉正人さんの本を買って読んだ。

泉正人著「お金の教養」という本は、もっと若い頃に読んでいたら・・・と後悔
させるほどの、若い人たちにぜひ読んで欲しい本である。
 かの小室さんもこの本を読んで実践されていたなら、あんなことにはならな
かったろうに・・・と悔やまれるのである。

 一方、和田裕美さんの本も読みやすく、ホットで優しい気持ちになれる本で
ある。

 「息を吸って吐くように目標達成できる本」の本の中でなるほど!と感動した
個所を紹介しよう!

         思いやりの松竹梅を持つ

 人を大切にする人すべてが持っているのが、思いやり。
しかし、人は自分かわいさから、相手を裏切ったり傷つけたりする怖い面も持っ
ています。
 人を大切に思う気持ちを忘れないでいたら、今、目の前にいる人に感謝できて
もっとやさしくなれるはずだといつも思います。

 思いやりにも3段階あるんです。
それを、私は「思いやりの松竹梅」と呼んでいます。

 先ず、「梅」は、「自分のしてほしくないことを相手にしないようにする」です。
「自分が痛みを受けたくないから相手をぶたない」など、自分を基本に考えます。

 次の「竹」は、「自分がしてほしいことを相手にする」。
自分ののどが渇いていたら、相手もそうだと思って飲み物を差し出すような行為
です。

 かずぼうもこの話は聞いたことがある。
大阪南のある料亭のおかみさんの言葉である。
 
 「従業員にはいつも言ってるんですよ。自分がのどが渇いてお茶を飲みたいと
思ったら、必ずまわりの人に同じようにお茶の欲しい人がいないか聞くんですよ
ってね!」

 最高級の「松は、「相手がしてほしいことに気がついてそれができる」こと。
自分が暑くても、相手が寒そうにしていたら、窓を閉めることができる。
 相手に気を使わせないように「そろそろ私も寒くなってきて・・・」と、ちょっとうそ
が言えたりする。
 相手を居心地よくさせることが幸せだと感じられる人ならではの行為です。

そんな思いやりを持っている人は、いつも誰かから必要とされます。
 人から必要とされる人は、いつも”幸せ”です。

なるほどね!
 そういう人になる努力を今日からしようっと・・・。 

 できるかな?
まあ、やろうとする気持ちが大切だよね・・・。 
  (早くも挫折の予感?)
 

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