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March 27, 2008

「ゲーテの言葉」

Haku3


 ふとしたことで、ゲーテのある言葉を知った。

「先ず、崖から飛び降りなさい!
  そして、それから羽をつけなさい」

 チャレンジャーだぜ!!イエイ! ゲーテ君!

自信ができてからしよう、余裕ができてから、準備が整ってからでは
ないんですね。
 ましてや、お金ができてから、暇になったら・・・ではない。

羽は後からついてくるんですね。
 行動を起こせば、不思議に条件も整い、手段は見つかるもの。

 優先順位は、「先ず行動!」ですよ。
この言葉好きですねえ!
 後先考えず、すぐ行動を起こしてしまって、「思慮浅い、調子者!」
と言われがちな”かずぼう”にとっては、”福音”とも思えるこの言葉。

 新しく、「座右の銘」にしようっと。。。


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March 18, 2008

「源氏物語」

Rozu_2

       庭に咲いたクリスマスローズ  


 「源氏物語」というと、当時インテリの紫式部が書いた古典で、単なる
モテ男の数々の女性遍歴を描いたものと思うかもしれない。
 でも、見方によってはおもしろく読めそうなのである。

初めに、「桐壺の巻」では、帝に寵愛というかエコヒイキされる桐壺に、
他の妃たちが嫉妬で嫌がらせをする。
 その嫌がらせが半端ではない。
桐壺が帝に召されて清涼殿に上がる途中、通らねばならぬ道筋に、不
浄なものをまき散らしておいて、お供の女房たちの着物のすそが汚れて
そのまま清涼殿に上がれなくしてしまうのである。

 その嫌がらせに使われた不浄なるものが、実は!う○こ”なのである。
その”う○こ”も、自分のもので、十二単に身を包んだ女房が自分のオマ
ルを抱えて、道にばらまいていたんだと考えると、その光景を頭に描くと
笑いをこらえることができない。
 女性は怖いのである。

 「帚木の巻」では、男共が4人集まって、女性に関して「雨夜の品定め」
をする。
 左馬頭は語る。

 「世間にはこれこそ完全な理想の夫婦なんてのは、とんとお目にかかり
ませんなあ!まあ女の第一の難は、貞操観念のない浮気な女です。
 女房にはあまり、趣味性や芸術性のあるのはいけません。
かといって、真面目一点ばりで、髪もろくにとかさず、なりふりかまわず家
事ばかりにかまけているのも味気ないもんですよ。
        ・・・・・・・・・・・
あどけない素直な娘を何かと仕込んで自分の好きなように教育して妻に
するのが無難でしょうか。
 かといって、もし留守でもさせるとなると、無邪気で可愛らしいだけでは
頼りなくて安心してまかせられないのも困りものです。
 やっぱりぜいたくいわないで、妻にするなら、家柄も身分もまあ望まない
ことにします。
 養子や器量なども条件から外しましょう。
ことさらねじくれた根性でさえなければ、ただ、いちずに生真面目で実直な
女を、生涯の伴侶とするのが無難でしょうかね。
 その上に何かの才芸のたしなみや気働きでもちょっとあれば、もうけもの
としましょうか。
 女房として貞操固く、むやみに嫉きもちやきでさえなければ、まあ文句は
いいますまい」
 と案外つつましいというか、適当なところで手を打っている。
男は弱いのであろう。

こういう読み方をすれば、古典も案外おもしろく読めるのである。


 P・S
  瀬戸内寂聴著「わたしの源氏物語」より抜粋

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March 08, 2008

「とある割烹にて」

Tokkuri


 ウィークデイの夕飯時、僕はひとりで、とある割烹のカウンターにいた。
その店は、海辺の近くとはいえ、超新鮮な魚介類を出すので有名である。
 頑固で寡黙な大将なのに、結構はやっていた。
といっても、少々値が張るので、僕もたまにしか行けない。

 カウンターで、僕は、酢牡蠣を肴にヌル燗をちびちび飲んでいた。
お客は、まだ時間が少し早いせいか、少し離れたところに2人連れの若い女
性客がいるばかりである。
 適当にみつくろった刺身の盛り合わせを肴に、地酒の新酒・「舞鶴」を冷で
飲んでいるようである。
 「舞鶴」は、この春とれたばかりのハクレイ酒造の日本酒で、冷やで飲むと
白ワインのような香りと、さわやかなのど越しで人気が高い。

客は他にいなくて、聞くともなしに2人の会話が耳にはいる。
 髪の長い、大きな瞳のクリクリとよく動くチャーミングな女性の方が、連れ
の女性に静かに話をしていた。

 「私、大病をして長い間入院生活をしていたのね。することがなくってさー、
本ばかり読んでたの・・・。私、吉田兼好の”徒然草”って大好きなの。
 意外でしょう? 特にね、第150段ってすごく好きなのよ!」

 能をつかんとする人、「よくせざらんほどは、なまじひに人知られじ。うちう
ちよく習ひ得てさし出でたらんこそ、いと心にくからめ」と常に言ふめれど、
かく言ふ人、一芸も習ひ得ることなし。・・・・・・


 僕は、とうとうと、空で淀みなく語る彼女の美しい声に、聞きほれていた。

突然、近くにいて仕込みをしていたはずの大将が口を挟んだ。

「すみません!今の言葉をもう一度教えてください。うちの若い板前に聞か
せてやりてえんです・・・お願いします!」(なぜか江戸弁?)

 大将は、どこからか持ってきた新聞の広告の後ろに、鉛筆を手に構える。
彼女は恥ずかしそうに、もう一度徒然草の第150段を復唱する。

 僕も思わず聞き入っていた。

現代語訳すると、その150段はこういう意味である。

 芸能を身につけようとする人は、「まだうまくできないうちは、なまじっか
人に知られまい。内々でじゅうぶんに習ってから人前に出るようにしたら
たいへん奥ゆかしく思われるだろう」とよくいうようだけれど、このようなこ
とをいう人は、一芸も習得することがない。
 まだまったくの未熟なうちから、上手な人のなかに混じって、けなされ
ても笑われても恥ずかしがらず、平気で押し通してけいこに励む人は、生
まれつきの天分がなくても、けいこの道で立ち止まることなく、また勝手
気ままにすることなく、年月を送るから、器用だがけいこに励まない人より
も、最後は上手といわれる地位に達し、人徳も備わり、人に認められて、
並ぶ者のない名声を得るのである。
 天下に聞こえた芸能の達人といえども、はじめのうちは下手だという評
判もあったり、ひどい欠点があったりしたりもしたのである。
 けれども、その人が、芸能の規律を正しく守り、これを重んじて勝手気ま
まにしなければ、世の大家として、万人の師となることは、どの道において
も変わるはずがない。

 少し長くなったが、ありがたい兼好さんのお話である。
なにごとにも当てはまる名言であると感じた”かずぼう”であった。
                    ・
                    ・   
                    ・
一ヶ月も経ったろうか、久しぶりに、その店に行くと、板場の奥に達筆で、
額に入れた「徒然草・第150段」の言葉が飾ってあった。
 大将によると、毎日、若い板前に、仕事の前に声を出して読ませている
という。
 そして、その若者に、鯛の刺身を僕の目の前で作らせる。
彼の手元が、心なしか震えているように見えた。
 しかし、彼の顔は緊張しながらも、喜びに満ちていた・・・。

P・S
 宮本輝著「約束の冬」からの、かずぼうの脚色、いや、創作・・・いや
”パクリ”であることを正直に告白する。
 現代語訳は、萩野文子著「ヘタな人生論より・・・徒然草」による。

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March 05, 2008

「横尾忠則さんの”今”」

Ooyuki3

      少し前の大雪のときの
  海に注ぐ川辺につながれた小船に積もる雪


 
 横尾忠則(1936~)は、兵庫県西脇市生まれの芸術家といわれて
いるが、僕にとってはイラストレーターであり、奇抜な原色のポスターが
心に残っている。
 もう彼も70歳を超えているんだと思うと、感慨深いものがある。

 彼が新聞のコラムで、こんなことを言っている。

ちょっと体調がおかしいと、ぼくはすぐに死ぬのじゃないかと思うのであ
る。
     ・・・・・・・・・・
ぼくは若いころから死が頭から離れたことがない。
     ・・・・・・・・・・
そしていつの間にか、死はぼくの重要な作品のテーマになってしまった。
死について考察したりしていると一番心が落ち着くのだから不思議だ。
     ・・・・・・・・・・・
人間は生きるために死ぬのか、死ぬために生きるのか、どっちなのか
分からないまま、いずれは誰も死ぬのである。
 だからこの現世の「今」が大事になるのだろう。


お釈迦さんだったかも、過去のことを思い煩うな!済んだことだから・・・
未来のことを思い煩うな! 分からないから・・・と言っている。 
 だから「今」を大事にしなさい!と言っておれたように記憶する。

横尾さんは、「生きるために死ぬのか、死ぬために生きるのか分からない
まま人間は死ぬのだから、”今”を大事にするんだ!」と言う。
 おもしろい考え方だなと思うのである。

結局、人間というのは、「何で生きるのか?」という問いの答えを持ってい
ない。
 とどのつまり、「わからへん」のである。
「わからない」ままに、いやそれだから、「今」を一所懸命に生きるわけで
あろう。

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March 04, 2008

「ボウリング再開」

Rituko

40年近く前の「さわやか律子さん」の勇姿


 あれは60年代の中頃であったろうか、中山律子さんは、空前のボウリ
ングブームの中で、女子プロボウラーの一期生として大スターだった。
あの頃は、テレビのプロボウリングの試合に釘付けで、熱心に魅入って
いたものだった。
 彼女は、1970年には女子プロ初のパーフェクトゲームを達成している。
結婚後も仕事を続け、現在は日本ボウリング協会の会長として、シニア
世代の”健康増進”を目的にしたボウリングの普及活動に取り組んでおら
れるという。

 なんだか団塊の世代間で、最近ボウリングが、はやっているらしい。

何でそういう話をするかというと、この間、Oさんと会合の後の懇親会でだ
べっていた時に、彼が最近ボウリングに夢中になっているんだという話を
聞いたからである。
 
 それに、ボウリングは、運動の強度はそれほどではないものの、重い玉
を持ってリズミカルな運動を繰り返すことで、足腰の筋肉や骨を強くしたり、
バランス感覚やリズム感を養うことができ、血行促進、ストレス解消などに
もつながるという。
 3ゲームで消費されるカロリーは約105kcalで、ウォーキング30~40分に
相当するらしい。
 天候に左右されず、夜間でもできるし、健康増進にも役立ちそうである。
なんといっても、ピンのカキーン、コキーンと倒れる音を聞き、また目にする
のは、文句なく楽しいのである。

 ということで、かずぼうは、最近ボウリングに夢中です。
 

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March 03, 2008

「憧れのヨーロッパ陶磁器」

Haku2


 昨日の日曜日、京都に所用があって出かけた。
ついでに、京都国立博物館で特別展として、「憧れのヨーロッパ陶磁
ーマイセン・セーヴル・ミントンとの出会いー」が催されていたので、寄
ってみたのである。

 この博物館は、明治の初めに、古いもの、寺社仏閣の宝物などが破
壊や散逸の危機にさらされていた頃、そうした文化財を保護するために
設立されたことに端を発するものである。

 当日も、それらの平常展と共に、「雛まつりとお人形」と題して京都の
古い雛人形が陳列されていた。
 
 全部見ようと欲張ったら、1時間以上も歩き回ることになり、ほとほと
疲れたのである。
 まあ、天気のいい”小春日和”(?)の京の半日を美しいものを見させ
ていただいて「目の保養」になったわけである。
最後のほうは、DVDで上映の博物館の修理のお知らせの真っ暗の中
で、数分の間居眠りをしてしまった次第である。
 都合2時間足らずもいたのであろうか。
1200円で楽しいひと時を過ごせて大満足であった。

 感想はというと、「憧れのヨーロッパ陶磁」のほうは、陶磁器の大先輩
である東アジア、中国・日本に対して、ヨーロッパ人は貿易や博覧会な
どを通じて、一所懸命技術を模倣し盗むのである。
 それが花開き、19世紀になると、日本の陶磁器よりも珍重されるに
至る。
 何しろ、緻密な銅版エッチングによる転写の藍絵の見事さ、それに彫
刻の緻密さと芸術性、さらには色彩のきらびやかさ・・・。
 またそのヨーロッパ陶磁の技術を日本がまねして盗んで作品に仕立て
上げるという”いたちごっこ”には驚きである。
 
 「芸術は模倣である」というのは本当なんだなあ!
先ずはうまくまねして、し尽くすと、新たに”美”が生まれるらしい。

 平常展ではたくさんの仏像に出会った。
もちろんその芸術性には感嘆するが、その仏像の前にひれ伏して手を合
わせ、幸せを願ったたくさんの人々のことを思うと切なくなる。

 京都の古いお雛さんの展示では、最下段に生活用品である調理器具や
食器、それに立派な「おくどさん」(お釜など)が飾ってあった。
 何でだろう? 雛飾りに「おくどさん」があるのは初めて見たのである。


 

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March 01, 2008

「会津藩の家訓」

Tonneru


 家訓というのは、割と好きなほうである。
何か格式があって、かっこよさげじゃないですか。
 といって、取り立てて「我が家の家訓」があるわけではないのである。

「会津藩の家訓」というのを何気にテレビを見ていて知った。
「家訓」を、「かくん」じゃなしに、「かきん」と言っていた気がするが定かで
はない。

 これは、保科正之が、寛文8年(1688)に会津藩の方針を決め、首席
家老:田中正玄を江戸屋敷に呼んで「家訓15カ条」を授けたという。
 以来、会津藩の藩是とされ、精神的柱になったとされる。
現代でも、福島県あたりでは、教育に使われているそうである。

1、大君の儀、一心大切に忠勤に励み・・・と15カ条ある。

先ず第一に、大君・・・将軍家・徳川家光を重んじることがあげられている。

 ほかには、
    1、法を犯す者はゆるすべからず。
    1、賄賂(わいろ)を行い、媚(こび)を求めてはならない。
    1、えこひいきをしてはならない。
    1、兄を敬い弟を愛すべし。 

   うそをついてはいけないもあったかな・・・。

 えっ、と思うのは、「婦女子の言、一切聞くべからず!」という文言である。
正之は、女性によっぽどひどい目にあったのかな?と思わせる。

 正之は、慶弔6年(1611)、2代将軍・秀忠と側室の間に生まれている。
しかし、秀忠との間には生涯父子の名乗りはなかったといわれている。
 知っている人は知っている、すなわち周知の事実ではあったのであろう。

秀忠の正室(本妻)は、織田信長の姉・お市の方の3女・お江与である。
 彼女は、秀忠の8歳年上で、気性の激しい女性だったとか。
しかも、3姉妹の末っ子らしい。
  (推して知るべし・・・わがままでヒステリックで怖い人だったのだろう)
 3代将軍の座をめぐっては、お江与の溺愛していた次男・忠長との争いが
あったが、結局、春日局の計らいや、家康の裁定で長男・家光になったとい
ういきさつがある。

 一方、祝福されない運命の秀忠の隠し子・正之は、信州高遠藩の保科正
光の養子となった。
異母兄の将軍・家光に愛されるが、万事ひかえめで、破格の取立てにも遠
慮したこともあったという。(同僚の恨みを買うのを避けた?)

 いろいろ、さまざまの葛藤(かっとう)を目の当たりにした彼は、将軍家へ
の忠誠心、兄弟愛の大切さ、女性への恐怖心(?)が生まれたという。

 うううーーーん、共感するなあ!

歴史には詳しくないが、人間模様は今と変わらず、おもしろそうだ。 
    

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