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November 30, 2007

「人生は点線である」

Isineko

  「丸い石ころに描かれた猫の絵」
  在所では、結構有名な作家さんです
  自分家の猫の写真を持っていけば描いてくれるそうです
  


 久しぶりに、養老猛司さんの最近の著書「養老訓」を読んだ。
彼は70歳になるそうである。
 それを記念してこの書は刊行された。
この中の「人生は点線である」という一節は、「死」についての話である。

 簡単にいえば自分の死というのはどうせ客観的に見ることは出来ない
のだから考えても無駄だということです。
 
 単純明快の「死」についての考え方である。
さらに続ける。

 わたしは最近、「人生は点線だ」と言っています。
意識を考えてみれば点線だということです。
 誰でもしょっちゅう意識が切れているじゃないですか。
夜寝るとき、昼寝するとき、必ず意識が切れます。
 毎日毎日、無意識状態を経験しています。
死ぬということは最後に意識が切れてもう戻ってこない状態です。
 その戻ってこないことを、皆さん心配しておられるようです。
でも、そんなことより、今まで何回切れたか考えてみたことはあるので
しょうか。
 その都度、そういう心配をしたのでしょうか?
「また帰ってくるかも、しれない」くらいに思っておけば、死ぬことはそん
なに恐くないのです。
 今までと別に変わりないでしょう。

そういえば、水上勉さんも、「毎日、夜、寝床に入ると、死んで、朝また生
き返るのだ!朝、目がさめると、生き返った!助かった!今日も頑張ろう!
そういう覚悟で一日を過ごしている」というようなことを言ってらしたのを思い
出す。

 さらに、こう締めくくる。

心の持ち方として、寝るときと同じくらいに考えておけばいい。
 どうせ死ぬことは、よくわからないことなのです。
死ぬということを素直に人生の一部として当然考えに入れておく。
 それがやっぱり自然ですから。

なるほどね!よくわかりました。頭ではね・・・。 
 

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November 28, 2007

「ニッチ産業」

Arenhasiru

            アレンの疾走


 世の中にはいろんな仕事があるものである。
昨晩いつものように、ボケーっとテレビを見ていたら、「にっぽんの現場」
という番組をしていた。
 "天国への引越し、手伝います!”という謳い文句で「遺品整理会社」
という仕事があるのだそうである。

 一人暮らしの人が亡くなったときに、遺品を整理する仕事である。
実際に孤独死の後の整理は大変であろう。
 子供がいないとか、息子夫婦と折り合いが悪い、家を飛び出してひとり
住まいとか、わけありでずっと独身を通した老人とか・・・。

 親類が、また老人で重いものを持てないとか、忙しいとか事情はさまざ
まである。
 そこで、遺品整理の仕事人の登場である。
まずは、手を合わせ入場し、いるものといらないものとの仕分け、引き取り
のないものも、棄てるものとリサイクルできるものとに分ける。
 そして、きれいに掃除をして、アパートを引き払うという段取りである。

物語りもいろいろあるそうである。
 遺品から、不仲な子ども達の小さい頃の絵日記を大事に取ってあるのが
見つかったりして、子どもが感激したシーン。
 父母の病気の看護などで、やむなく独身を通し、父母を看取って、最後は
孤独死のかわいそうな息子。
 人生の縮図を見るようである。

 最近は、この稼業も全国に30店舗くらいあり、生前の見積もりの問い合
わせがあったりとかして、まずまずの成績とか。
 世知辛い世の中というか、隙間産業にはいろいろあるなあという思いであ
る。
 

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November 26, 2007

「つるし柿」

 Kaki

 朝、犬の散歩をしていると、いろんな光景に出くわす。
今朝は、軒先に柿がつるしてあったのを見た。
 渋柿を干してあるのだ。
この時節ならではの風景である。
 どうでもいいことであるが、渋柿を干すとすごく甘くなるのだが、この
理屈がよくわからない。
 ずっと、何十年も疑問に思っていてそのままにしていた。
それは、足裏の飯粒のごとく別にとらなくてもいいが気にはなっていた。
 気になると、イライラしてくるので、エイヤッとこの際取ってみた。

柿には渋柿と甘柿の2種類ある。
 といっても、種がないときは渋く、種ができると甘くなるとか、中間型
というのもいろいろ存在するようである。
 しかも、もともと柿というのは渋くて、甘い柿というのは渋柿の突然変
異であるというから驚きである。
 誰かが遺伝子操作でもしたのか、それこそ自然になのかは知らない。
 要するに、熟してトロトロになるか、皮をむいて干せば、どんな柿でも
甘くは食べられたのではあろう。

 それを人類は、渋柿をガブッとかじって、噛みごたえのあるときにとき
に甘くしたかったのである。
 というわけで、柿の渋を取る方法をいろいろと考えた。

渋の正体は、タンニンで、この水溶性のタンニンが固まって不溶性にな
ると甘くなるらしい。
 それで、渋柿を湯やアルコール、ドライアイスにつけたりして、アセトア
ルデヒドを生じさせる。
そのアルデヒドが、「水溶性タンニン」を「不溶性タンニン」に変えて甘く
なるのだそうである。

 たまに柿がひとつひとつビニール袋にパックしてあるのがあるが、あれ
は何か渋取りの工夫がしてあるようである。
 他に渋を取る方法には、皮をむいて軒先につるし、寒い所で風にさらし
乾燥する昔からの方法がある。
 乾燥させることによって、アセトアルデヒドができて、「水溶性タンニン」
が、「不溶性タンニン」に変わって、渋みが取れる。
 これが、つるし柿即ち干し柿というわけなのである。

ガッテン、ガッテン、やっと足の裏の米粒が取れました。
 スーッとしました。

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November 22, 2007

「知っている」と思う愚か者

Kitune3

         キツネに似てる?

 先日、”知らないのに知っているふりをする”愚か者の話だったが、
”「知っている」と思うものが”愚か者という話もある。
 
 原始仏教のお釈迦さんの言葉を記した「法句経」の中の一節に、
次のような言葉がある。

     「知っている」と思うものが愚か者

             もしも愚か者が、  
               みずから愚かであることを知るならば、
             即ち賢者である。

            愚か者でありながら、
              しかもみずから賢者と思う人こそ、
            愚か者といわれる。 (63)


 アルボムッレ・スマナサーラはこう解釈している。

「わたしは知っている」「わたしは正しい」と思っていたら、もはや成長
はありません。」 
 「わたしは正しい」という思いにつつまれていたら、他人のことばには
耳を貸しません。自己の振る舞いをなおそうとも思いません。
 「自分は、どこかで間違いを犯すかもしれない」と思っていれば気を
つけて生活できるでしょう。
 人に批判されたとしても「それもそうだ」と納得がいくものです。
人に何か言われて腹が立つのは「自分が正しい」と思っているからです。
 「わたしは知らない」と思えば、「これはどうやるのでしょうか?教えて
ください」と聞くことができます。
 すると、みんな親切に教えてくれます。
自分は未熟だということに気がついていれば、人間関係は円滑になって
ゆくものなのです。
 自分が愚かだということに気がついている人は、日々学びます。
その人は決して愚かではありません。
 「自分は何も知らない」として学びつづける人は、必ず花が咲きます。
人はいつ学ぶのが終わるかというと、それは死ぬ瞬間です。
「学ぶのは死ぬまで、教えてもらうのは死ぬまで」
 インドにはそういうことわざがあります。

 そういえば、某大学某学長で、口癖のように「わたしは愚か者で・・・」
と言っていた人がおられたが、そういう意味だったのか。
 勉強になります・・・。
 
 

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November 20, 2007

「知らないのに知っているふりをする」

Kiiroityou2


 この頃、本屋へ行くとビジネス書コーナーとか、教養書コーナーかには”論語
の解説書”のたぐいをたまに見ることがある。
 はやりなのかもしれない。
ちょっとパラパラと読んでみると、こんな文章があった。

 「子曰く、由、汝にこれを知るを誨(おし)えんか。これを知るをこれを
知るとなし、知らざるを知らずとなす。これ知れるなり」
  

 「少しばかり物事をわかった人は自分の知らないことでも知っているふりをする
ことが多い。
これは恥ずかしいことである。何事によらず、本当に熟知していることだけを知っ
ているとし、熟知していないことはこれを知らないとはっきり言う。
それが出来てこそ初めて世間から知識人、博識の人として信用されるのである。
 これは人の守るべき教訓である」

 孔子さまの言うことは、まさにそのとおりではあるが、ちょっと堅苦し過ぎるよう
な気もする。

ちょうど、柳家小三治の「千早振る」(ちはやぶる)という古典落語の噺を聞いて
いたら、枕に同じような話があった。

 彼の枕は、辛口で暖かく、洒落ていて面白い。
「ま・く・ら」という本を出しているくらいである。


 「知らないのに知っているふりをする」というのは良くないですよね。
といっても、人間長く生きてくるっていうと、一度や2度くらいはそういうことはあり
ますよね。
 まあ10度や20度くらいはですね・・・。(笑)

もっと悪いのは、「知っているのに、知らないふりをする」っていうやつですよね。 
偉い人が、「記憶にございません」っていうやつ・・・。(大笑)

 さらに悪いのは、「知らないのに、知らないふりをする」 (大大笑)


何でも、「千早振る 神代も聞かず竜田川 唐紅に水くくるとは」という小倉百人
一首にある在原業平の和歌の意味を聞かれて、知らないのにいいかげんな解
釈をする話である。

 あるところに、神代という芸者がいてな。竜田川というお相撲さんの言うことを
聞かなかったわけよ・・・と知らないのに、知っているふりをするのである。

 落語の噺はさておき、「知らないのに知っているふりをする」ことは、胸に手を当
てるまでもなく、覚えがある。
 しかし、愛嬌のうちはいいが、あまり過ぎると人に信用されなくなるので、「要注
意」には違いない。

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November 19, 2007

「湯川れい子」

Amejisutoseji

        アメジストセージ

 湯川れい子は、かずぼうの青春時代の憧れのお姉さまだった。
美人で、頭が良くて、洋楽やジャズの先生だったのである。
 FMラジオから流れる米国のヒットソングやジャズを美しい声で
解説してくれた。
 洋楽に開花したのは彼女のせいかもしれない。
いやきっとそうだ!

 彼女は、東京生れで女性音楽評論家の草分け的存在だった。
プレスリーやビートルズを日本に紹介したのも彼女だった。
 「恋におちて」などの作詞もしていて、現在日本レコード大賞の
審査委員長を務めている。
 
 彼女の青春時代は、洋楽が終戦と共に流れ込んできて、ラジ
オから流れる進駐軍のアメリカのヒットソングに聞き入る毎日で
あったようだ。
 そのうちジャズに出会い、薄暗い空間で黒人に混じって聴くモ
ダン・ジャズの躍動感とエネルギーに感動し夢中になったという。
 しかし、歌詞の意味がトンとわからず、切ないくらいに英語をわ
かりたいと思ったのだそうである。
 そして、急に思い立ち学校をサボって、アメリカのコメディ映画を
弁当持ちで観に行った。
 1回目は字幕をしっかり読んで物語の流れをつかみ、2回目は
字幕を見ずに神経を集中させる。
 そこでお弁当・・・。
3回目はせりふをできるだけ暗記し、4回目に字幕と暗記したせり
ふの意味を頭の中で確認する。
高校2・3年生で、年間200本の米国映画を観て必死に英語を学
んだという。

 見上げたもんだ、屋根屋のふんどしったあ、このことだ!
                  (寅さん口調で)
やはり情熱というか、必要性のエネルギーがほとばしったんだね!

 英語はかれこれ30年くらいは勉強しているが、その割にたいし
た成果もあげていない”かずぼう”である。
 第一、必要性のほとんどは「ボケ防止」というイマイチの理由だし
しゃべる機会といっても英会話学校の週一だから・・・。

マア、とりあえず、今晩のNHKの番組「英語でしゃべらナイト」を見
忘れないようにしようっと・・・。

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November 14, 2007

「忘却は心を洗う石鹸なり」

Simogamojinnjya


 「生長の家」というのは宗教らしいが良く知らない。
開祖・谷口雅春氏に関しても、時々本屋で名前を目にするくらいか。
 
 彼の「忘却はこころを洗う石鹸なり」という言葉ををたまたま知った。

「過去は過ぎ去ったのである。思い患うは愚かなことである。未来は
まだ来たらないのである。心配するのは愚かなことである。結局悩む
者は、過去を今に持ち越し、未来を今に持ち越し、今の幸福を想像の
中で汚してしまうのであるから、そんな愚かなことはしないほうがよい。
     今を喜べ!過去を忘れよ!
この忘却はあなたの人生を清める石鹸の働きをするのである」

 なるほどね!
昔、知り合いにこういう人がいた。
 彼は、最近胃がシクシク痛むので、ガンではないかとたいそう心配し
ていて、顔は青白く悩んでいる風で、落ち込んでいた。
 すると、ある先輩が、彼に言った。
「あんたなあ、そんなに心配して落ち込んで、なんかいいことあるかい?
しょうもないことばかり考えんと、病院へいくなり、薬飲むなりしたら。
意味のないことは考えんときな!」

 そのとおりなのである。
「下手な考え休むに似たり!」は麻雀の格言だったか。
 最近麻雀は、長いことしてないなあ!
そうそう、全然関係ない話だが、ある人が麻雀を覚えたいという初心者
に、ルールを教えていたのを小耳にはさんだことがある。

 「なあ、わかるか、リーチ!っていう奴はな、いわば"ヘキサゴン!”と
いうのと同じや。   次ぎで、"当たり!”。 そして、これは言うたら
      "男の心意気”っていう奴や。わかるだろ!」

 けったいな教え方というのもあるものである。(笑)

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November 09, 2007

「ランニングハイ」

Kamogawa1

      京都鴨川べりのランニングコース

 昔「ランニングハイ」という言葉を聞いたことがある。
なんでも、長時間走りつづけて、体が筋肉の痛みや疲労を感じ出すと、脳内で
βーエンドルフィンの分泌量が増して痛みをやわらげ、さらに"快感”、”恍惚感”
を感じるようになり陶酔状態に陥るという。
 このβーエンドルフィンは免疫力を強化し、老化を防ぎ、自己治癒力を高める
作用があり"幸せホルモン”とも、”脳内麻薬の一種”ともいわれるという。

 真意の程は良く知らないが最近は、βーエンドルフィンの代わりに、BDNFと
いう物質のことがよくいわれているようである。
 Brain-Derived Neurotrophic Factorの略で、「脳由来神経栄養物質」とい
われているものらしい。
 この物質は、標的細胞表面上にある特異的受容体TrkBに結合し、神経細胞
の生存成長、シナプスの機能亢進などの神経細胞の成長を調整する脳細胞の
増加には不可欠な神経系の液状タンパク質であるという。(チンプンカンプン・・)
 歯周病にかかった実験動物が、このBDNFを投与すると、歯周病が治ったと
か、自閉症、痛風との関係など神経疾患の治療に応用可能との報告もある。

 今後の研究成果に期待したいものである。

それにしても、ランニング、登山、水泳などでもよく経験することだが、最初の運
動したての時は、「何でこんなにしんどいことを俺はしているのだろう?もしかし
て、おれはマゾか?」と思うことがある。
 それが、15分くらいだろうか、30分かな?
時間が経つと、筋肉の痛みや疲労がなくなったように感じ、結構楽しく運動が続
けられるようになる。
 「俺、結構体力あるやんか、頑張るぞう!!」といい気になる。
 (これもやりすぎると、あくる日なんかにひどい目に遭うのだが) 
これが、BDNFの成せる業なのであろう。

やっぱり、運動はストレス解消にも、病気に打ち勝つ力にも役に立つようだから、
今晩も頑張ってプールへ行こうっと・・・。

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November 03, 2007

「昭和34年ごろのモノ」

Mizet

          ダイハツ・ミゼット


 結局、朝一番10時からの「ALWAYS続・三丁目の夕日」を観に行った。
迫力を期待して、前から二番目の真中の席に陣取った。
  なつかしく、面白く観させていただいたのである。

 CGなどの特撮の得意な監督・山崎貴のVFXはすばらしかった。
彼の言うように、自然な風景として違和感なく観れたのである。
 VFXというのは、”Visual Effects”のことらしく、なまってVFXとなった
というから面白い。
”Red Socks”のことを、”Red Sox”というのと一緒らしい。
アメリカらしい表現である。

 昭和34年ごろのなつかしき”モノ”たちにもこころを動かされた。
上の写真は、ダイハツ・ミゼットである。
 305cc、12馬力のMP型らしい。
     (当映画館では、明日に本物を展示するらしい)

他にもノスタルジックな”モノたち”に出会った。 

 淳之介(須賀健太)の左胸ポケットの万年筆。
僕も、中学校の入学祝に初めて万年筆を買ってもらって、大人の仲間入り
した思いだった。

 毛玉のたくさんついたスェーターもなつかしい。

自転車に乗ってやってきた豆腐売りのおじさんのラッパの音が、♪トーフー
と聞こえたっけ・・・一丁15円だった。
同じく自転車で売りにきたアイスキャンデーは一本5円だったと思う。

 24色のトンボの色鉛筆、足踏み式のシンガーミシン、観音開きの黒のト
ヨペットクラウン、モーターつき自転車(当時バタバタと言った)。

 芥川賞をめざす小説家・茶川竜之介(吉岡秀隆)の家の卓袱台に置いて
あった明礬(ミョウバン)の袋がわからない。
 何に使ったのであろうか?
考えられるのは、うがい薬、ナスの漬物の紫を鮮やかにするため、質の悪
い井戸水をきれいにするため、臭い消しか制汗剤、お土産の湯の花・・・。

 夜店などによくある香具師の「万年質売り」は、おじいちゃんに聞いた話
だが、傑作である。
 大道芸のひとつに数えられ、「火事にあった万年筆工場」を演出し、会社
を首になり、給料代わりにもらった泥だらけのニセ・パーカー万年筆を国に
帰るキップ代のためにと、二人でグルになって売る話である。
 
 銭湯帰りのパジャマ姿に腹巻をしてコーヒー牛乳をラッパ飲みにするシー
ンもなつかしい。
 やっている人を見たことがある。

 鈴木オートの社員・六子たちが勇んでいった石原裕次郎主演の映画「嵐を
呼ぶ男」もこの頃だったのだ。
 ♪オイラはドラマー ヤクザなドラマー オイラが怒れば嵐をよーぶぜ!

学校給食のアルマイトの食器もあの頃を思いだすなあ!
 給食当番というのがあって、自分の番のときは、好きなあの子にはスープを
よけいめに入れてあげたっけ・・・。

 たばこ屋の横っちょに、「皇太子誕生!」のポスターは浩宮(のち徳仁親王)
誕生のことだろう。
1960(昭和35)年のことである。
 後に雅子さんと御成婚され、「人格否定発言」で物議をかもした。

雑種の野良犬が出てきて、後にお医者さん所で飼われた「タロ」は、その頃
南極に置いてけぼりにされ、後で生きていることがわかって生還した"タロー、
ジロー”からきた名前だろうか? 
 その頃に生きていることが確認された。

 いろいろと、なかなか見ごたえのある映画ではあったのである。

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November 02, 2007

映画「ALWAYS続・三丁目の夕日」明日公開

28gou

            鉄人28号


 「ALWAYS続・三丁目の夕日」という映画が全国的に明日ロードショー
である。
一昨年に前作が公開されたとき、近所の映画館に観に行った。
 昭和33年の頃の東京の下町の風景がなつかしかった。
どのシーンだったか、少し前の席の中年夫婦の左側に坐っていたおじさんが
ハンカチを取り出して泪を拭っていた。
 隣りのおばさんがそれを見て笑っていた。 
”かずぼう”も、目がウルウルしていたことを思い出すのである。
 あの涙はなんだったのだろう?
 ノスタルジーか、また近ごろ失われつつある家族愛・隣人愛への感動なの
だろうか。

ちょうど昨晩のテレビで、今回の作品の説明をしていた。
次作を作るつもりはなかったらしく、小道具さんは、映画で使われた昭和時代
の品々をすべて処分してしまったそうである。
 それで、新たに小道具をさがしに全国を駆け巡り、大変だったとの弁。
 昭和39年生れの監督もあれほどのヒットは予想していなかったが、特撮や
配役に自信を持っていて、またやりたい話もたくさんあったという。
 それで今回の続編である。

 今度は、昭和34年の設定で、東京タワーのオープン間なしで、第18回東
京オリンピックの開催が決定された年である。
 戦後の混乱が一応収まり、国中が沸き返る高度経済成長期までのつかの
間の穏やかな時代である。
 この13年後に、田中角栄首相が「日本列島改造論」を発表しているのだ。

 昭和34年には、黒部トンネル開通、皇太子成婚式、王貞治プロ入り初ホ
ームラン、長島茂雄が展覧試合でサヨナラ本塁打、伊勢湾台風で死者不明
5098人、男女合同ハイキング(合ハイ)が大学生間で大流行(後に合コンへ
発展)。
又この頃、「少年マガジン」「少年サンデー」などの漫画本が創刊している。

 歌では、フランク永井と松尾和子の「東京ナイトクラブ」、スリー・キャッツの
黄色いさくらんぼ、水原弘の「黒い花びら」がはやっていた。
 テレビでは、「少年ジェット」、「クレージーキャッツショー」、「ポパイ」、「ロ
ーハイド」、「とんま天狗」(大村昆)などが人気であった。

 はたして、"かずぼう"の家の生活はどんなであったろうか?
近所でみんなが使っていた井戸があって、そこで洗濯桶の中に洗濯板を立
てかけて、石鹸でごしごし衣服を洗いながら、おばさん連中が、それこそ井
戸端会議で人の噂話などでかまびすしかった。
 さむい冬の雪のときは、試験管の中にジュースを入れて雪の中に突っ込
んでアイスキャンデーを作って食べた。
 日食のときは、ガラスにろうそくでススをつけて太陽を観察した。
そうそう、マンガを感光紙のはさんで日光写真を作ったのもこの頃だろう。
 ゲルマニウムラジオを作って、屋根に登って、テレビアンテナに電線をまき、
イヤホーンで耳をすませて放送を聞いていたのもこの頃だったろうか。
 ちゃぶ台で正座して食べた夕ご飯のお味噌汁の中には、父が空気銃で
撃ち取ってきた雀が丸々一匹入っていた。
 停電が多くあって、ろうそくの火の元に食卓を囲んだのもこの頃の思い出
である。弟はトイレへ行くのが恐いと言って、僕の手を離さなかたっけ。
 テレビがあるところが少なく、夕方の「月光仮面」の番組の頃になると近所
のガキどもが我が家の居間に集まってきて、一緒にワイワイ言いながら鑑賞
会となったのもこの頃だった。
 画面では、白装束、白頭巾、黒マントでサングラスの大瀬康一がここぞとい
う場面で悪役退治にさっそうと白いスクーターで現れ、歓声をあげて拍手した
ものだった。
貧しかったが、清く美しくて、感動がたくさんあったのである。

 最近のことはよく忘れるのに、昔のことはよく覚えているよね。
隣りのご隠居さんみたいだね。
 明日は、ううーーん、感動をさがしに映画館に行こうかな・・・。

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