「三太物語」

二ゲラといいます
あなたは、数十年前の映画とかテレビのワンシーンだけをふと思い出すという
ことはないであろうか?
”かずぼう”は、この間あったのである。
テレビのワンシーンなのであろう。
白黒テレビの中で、いがぐり頭の坊主が、「おらあサンタだあ!」と叫んでいる。
てめえは、サンタクロースか・・・。
それにしては、半そでの白シャツに半ズボンである。
どこか、「建物探訪」に出ている渡辺篤史似である。(いや本人らしい)
調べてみると「おらあ、三太だ!」という連続テレビ番組の冒頭のシーンであった。
青木茂著の青少年向けの童話というか、小説のテレビ化である。
その小説の題名は、「三太物語」という。
フジテレビ系で昭和36年頃に放映された。
調べてみると、ラジオドラマや映画にもなったらしいが、面白いエピソードがざくざく
出て来る。
話は、ガキ大将・三太を中心とした田舎の子供たちの冒険物語である。
川遊びをしていて、大うなぎやカッパに出会った話などである。
場所は、神奈川県の北部・津久井地方、相模川の支流に当たる道志川下流域
の架空の村「道志村」である。
ここの小学校に通う、水車小屋に住む三太、友だちの花子(ジュディオング)、
それに若くて美しい花萩先生等の織り成すドラマである。
この話がメディアにとりあげられたのは、日本の戦後の転換期として意味あること
らしいのである。
それは、GHQ(連合国軍総司令部)による占領時代が終わろうとしている頃を
象徴しているとの指摘があるのだ。
1951年、対日講和条約の調印がされ、番組作成の自由を認める「放送法」が
成立し、GHQによる「指導」、「助言」が減ってきた頃と一致するという。
アメリカの直輸入的な要素を取り除き、視聴者に興味のあるテーマを選んできた
ためであるという。
もうひとつのエピソードは、そのドラマの場所である津久井出身の女医・養老静江
さんのことである。
女医の草分けであった彼女の息子が、解剖学者で評論家であり、「バカの壁」の
本でベストセラーだった養老猛司というのである。
そして、昆虫好きの彼は、子供の頃は、変人扱いされていたというエピソードが残
っている。何しろ、昆虫採集ばかりにほうけていたらしい。
いずれにしろ、この「三太物語」は、”かずぼう”の幼少の頃をいやがうえにも思い
出させる。
連れもって近所のガキたち大勢と戸外で遊んだ頃のことを。
ビーだま遊び、まるた、カンけり、かくれんぼ・・・。
その頃は、常に20人くらいの近所の子供たちがいた。
自作のゴム弓につばきの硬いつぼみを玉にして飛ばして「戦争ごっこ」、雪の降る
原っぱで、木切れを集めて小屋ふうな基地を作りこもったこと。
こういう遊びを近ごろの子供たちはしない。
テレビゲームに、ゲームボーイにDSか何かなのか。
不幸だと思うのは、”かずぼう”だけなのだろうか・・・。
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