10月23日(日) 雨のち曇
「帰雁忌」
ファンが集まり、追悼の意味で毎年行われる行事として、司馬
遼太郎なら「菜の花忌」、丹羽文雄なら「あじさい忌」がある。
昨年9月8日に亡くなった水上勉の「帰雁忌」が昨日、在所の
若州一滴文庫であったので出かけた。
北は北海道、南は九州から集まった300名ほどのファンでいっぱ
いの「くるま椅子劇場」は、津軽三味線の福島恕水さんの鮮やか
なバチさばきのうちに追悼式典が始まった。
続いて、長女・蕗子さんの挨拶である。父・水上勉は、富士山の
裾野の富士墓苑で作家連のグループ葬として、丹羽文雄氏の隣
に埋葬されることに決まったと報告された。
その後、水上勉氏の長男で、2歳1ヶ月で別れ、35歳で再会した
という窪島誠一郎氏の講演があったのである。
黒いブレザー、黒いシャツで、うつむき加減で現れた彼は、朴訥
と話始める。
「父の昨年の死は、半分うれしく、半分恐れていました・・・」
突然の言葉に度肝を抜かれる思いである。
その後、父とのいろんな思い出を語った彼は、近況を話す。
彼は、信州長野県・上田市に「無言館」という、夭折・戦没画学生
の全国から集めた絵を展示した美術館を経営している。
そして、最近の美術館離れ、来館者が少ないのを嘆くのである。
楽しみの多様化のせいもあるが、野球やサッカーに熱狂するのも
いいが、「静けさ」を大切にする心が必要だと訴える。
例えば、ゴッホの絵を観に行ったとする。それは、ゴッホの絵の前
に立っている自分と静かに出会い、見つめるということであるという。
ストレスの多い昨今、自分と向かい合い、自分を抱きしめ、いとおし
む心をもつことが、人を愛し、「いのち」をいとをしむことにつながるの
だという。
最後に、父が亡くなったのを少しうれしく思ったわけを話すのである。
彼は、突然、雲の上のような立派な父が現れたのに戸惑ったという。
そして、戸惑いながら、少しでも追いつきたいという思いにかられた
のだと僕は思う。
父が亡くなったことで、父の年齢はそのままであるが、自分は一年
一年、父の年齢に近づいてゆく。父のことを理解し、父の立派さに近
づいていけるような気がするというのである。
わかるような気がする。本当にいい話であった。
追悼の式典は2時間半あまりであったが、あっという間に過ぎて、
濃密な時を過ごしたのである。
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