July 16, 2008

「スタグフレーション」

Akaibasu

       京都市内の赤いバス


 昨日の続きみたいであるが、スタグフレーションという経済用語がある。
現在の日本の経済をあらわしているという。(世界的にも同様の国も多いが)
 
 景気が悪化しているにもかかわらず、インフレが進行している状態をいうらしい。
不況(Stagnation)と物価上昇( Inflation)の合成語だという。

株価は下落の一途をたどり、不況感が増している。
 ガソリンや小麦、バター、チーズ、ワイン、紙・・・が価格上昇し、生活不安も一
気に高まっている。
 ガソリンの値段の上昇は著しく、さまざまの流通費用が上がるのは当然だから
何でも物価の上昇原因になる。(何でも今秋にもさらに値上げがあるらしい)
それゆえ消費者の購買意欲や預貯金の価値が減少を続けている。

 年金生活者はたまったものではないだろう。
ではその対策はということになると・・・

 1、お金を目的に応じて、「守るお金」「増やすお金」「楽しむお金」に分ける
   
    「守るお金」は、病気などの急にお金がいるときのことで、国債や預貯金
     で持っておく。
    
    「増やすお金」は、リスクを承知で、大きなリターンを求めて投資する。
     これがなかなかむつかしい。
     株や投資信託への投資であるが、株は今調子が悪いし、投資信託は
     何やかやと手数料が要り、その上元金の保証はない。
     かといって、競馬、パチンコなどのギャンブルは手を出しにくい。
     昨日からの発売の夢の宝くじ(サマージャンボ)は、初めから手数料が
     半分くらいは取られているし、率が悪いことはなはだしい。
     小額で多額の投資ができる外国為替取引のFXにいたっては典型的な
     ハイリスク・ハイリターンでこわくて近寄れない。

     「楽しむお金」は、長期投資をして、じっくりと値上がりを待つということ
      である。(高齢者にはどうかな)
      変額保険や変額年金もいいだろう。(インフレに対応するので)
      

 2、株式投資の「成功の秘訣」をマスターする

     長期投資、分散投資の原則を守り、生活費を投資しないこととか、損を
     したときの”引け際”をうまくするとか、売る時期は最適の時期にとか当
     たり前のことしかない。

         (金融評論家:藤原美喜子氏による)

 結局は、「入るをはかって、出ずるを制す」みたいな当たり前のことに行き着く。
将来のことは予測でしかなく、はっきりしたことはだれにもわからない。
映画「風と共に去りぬ」のスカーレットの名言ではないが、「明日は明日の風が吹く」
といったところでしょうか。・・・結論?

 余談だが、この名言は名訳で、原文は・・・”Tomorrow is another day.” らしい。
「明日は、別の日である」ではあいそないですよね。

 さらに余談ですが、映画「アパートの鍵貸します」という、1960年の古い白黒映画
があったが、この原文は、”The Apartment”であることを最近知った。
 「アパート」というわけで、身も蓋もない。
     (ビリー・ワイルダー監督、ジャック・レモンとシャーリー・マクレーン主演)

映画の翻訳家というのでしょうか、字幕つくりには相当悩むんでしょうねえ。

 


    

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July 15, 2008

「外来語」

Nutria2

     近くの寺川に生息する外来動物ヌートリア

 外来語、すなわちカタカナの言葉には悩まされる。
たとえば、パソコン用語がそうだ。
 インターフェイス、ファイナリング、デバイス、デレクトリ、レジューム、
モジュラー・・・などなど、頭が痛くなる。
 何回意味を調べても覚えられない。
日本語に変換すれば良いかというと、適当な日本語がないし、あった
としても、余計にわかりにくくなるときがあるのである。

 パソコン用語だけでなく、本を読んでいても、特に対談などでは、話し
言葉でカタカナが多くて、外来語を使って読者を煙にまくのが目的かい
な?と思うことさえある。

たとえば、カタルシス、メタファー、ルサンチマン、アンビバレンス、イン
タラクティブなどである。
 
何度目か忘れるくらいだが、辞書でもう一度調べる。
 てじかに「新名解:国語辞典」があった。

 カタルシスとは、

1、劇、特に悲劇を見ることによって日ごろのストレスを解消し、さっぱ
   りした感じになること。
 2、自己の直面する苦悩などを表出することによってコンプレックス
    を解消すること。

   要するに、何かでストレス解消することかな・・・。


 メタファーとは、

 あっ、1995年の新名解にはない!古いからなのか?
まさかのときの”パソコン頼り”で、ネットで検索する。

 「大辞林」によれば、比喩の一種で、「暗喩」「隠喩」のこと。
「~の如し」とか「~のようだ」などの言葉を用いない比喩。
 「雪の肌」とか「ばらの微笑」の類。

要するに、パソコンで言えば、デスクトップの「ごみ箱」というのはメタ
ファーらしい。
 わかったようなわからないような・・・。


 ルサンチマンとは、

 これも新名解は古くてないので、ネットのウィキペディアによると、

哲学用語で、主に弱い者が強い者に対して憎しみを抱いていること
をいう。
 嫉妬や羨望と結びついた憤りや怨恨の感情である。
ある感情を感じたり、行動を起こしたり、ある状況下で生きることの
できる人に対して、それができない人が感じる(自己欺瞞に基づいた)
憎しみや非難の感情。

ちょびっとわかりにくい・・・。
 「引きこもり」や「無差別殺人」はルサンチマンと関係があるのだろ
うか・・・。


 アンビバレンスは、新名解にあったぞ!

同一の対象に対して作用する全く相反する感情の併存と、両者の間
の激しい揺れ。
 例として、父親に対する愛と憎しみなど。

「私の彼に対するアンビバレンスな感情の存在」という使い方なのであ
ろうか。
 好きなんか嫌いなんかどっちだい!!!


 インタラクティブとは、

 本来は、「相互作用的」という意味であるが、パソコン用語では、「双
方向的」とか「対話的」という意味で、パソコンの画面の指示に従って
ユーザーとパソコンが対話しているように操作すること。
すなわち「双方向的」に情報のやり取りをすることであるという。

 それなら、ブログのコメントは「インタラクティブ」と言えるのだろうか。
これもよくわからないカタカナ語なのである。

 「外来語辞典」というのを買うか、「新名解国語辞典」の最新のを買お
うか・・・それが問題である。


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July 03, 2008

「ツバメが電線に・・・」

Ikarisou2

             イカリソウ


 友人と用があって、京都に電車に乗って行った。
乗換えで、駅のホームで次の電車を待っていた。
 ツバメが電線に止まっている。
「なぜツバメは感電して死なないのか?」昔からの素朴な疑問がわいた。

 かずぼうは自慢じゃないが、物理が苦手である。
生物とかは大好きで、目に見えて動くものが好きだ。
 物理は、めだって目に見えず、”幽霊”みたいで好きになれない。

友人に尋ねると、1本の電線だけをつかんでいて、ほかに体が触れていなけ
れば感電しないそうである。

 「だって、電流が流れていないもの。
電流というのは、電位差があって流れるもんだよ!
 電線のほうが電気抵抗が小さいから、わざわざ体のほうを通らないだろ!
それにさあ、電線って、上下2本あるだろ、上のほうは下の電線を吊っている
だけなんだよ。
 もともと電流なんて通っていないのさ!
その電線にしたって、人間がジャンプして鉄棒のように両手でぶら下がっても、
大丈夫・・・。
 もし、ツバメが足が超長くて、1本は電線に、他の1本が他の電線に届いた
ら、また他の1本は地面についていたら感電死するんだよ。
 
 ただね、実際はありえないだろ。
しかし、大きな鳥・・・たとえばカラスとかオジロワシとかはね、電線に止まっ
ていて、大きく羽ばたいたとするでしょう。
 そのときに、他の電線や物に触れることがあるわけね。
それで、感電して大怪我したりすることはママあるんだよ」

 へえー・・・。 よく知っているなあ!感心するぜ。
説得力あるなあ!!!
 賢い友人は持つべきものである。

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July 01, 2008

「久坂葉子について」

Akaibara


 ちょっと前の京都新聞の文化欄に夭折の天才女性作家:久坂葉子に
ついて紹介してあった。
 かずぼうは名前さえ聞いたことがない。

何でも、今から60年前に活躍したひとらしい。
 本名は川崎澄子(1931~1952)で、曽祖父は川崎造船創立者:川
崎正蔵で、父が川崎重工取締役で名士の出である。
 昭和6年に神戸で生まれ、18年に神戸山手高女入学、ピアノ堪能にて
23年卒業。
 昭和24年に、同人誌「VIKING」に参加、発表した「ドミノのお告げ」が
第23回芥川賞候補となる。
 27年12月31日の大晦日の日に、阪急六甲駅で、三宮発特急電車に
飛び込み自殺。
 ・・・21歳だった。

好きだったのは、カフェ(要するに飲み屋で酒好き)、オシャレ、ゴールデン
バット(変に苦い安物のフィルターなしの紙巻煙草)であったそうな。
 
 恋多きチャーミングな女性だったが、純愛、正義、モラルには、ほど遠い
ような言動に、かえってピュアなものが感じられたという。

短編小説が多いが、詩にも才能を発揮するというか、かずぼうは詩の方が
好きである。

 彼女の詩のひとつにこんなのがある。

 「明日はいい子になります」といった日はいつだったのだろう・・・
神様、私はお約束を破って、
 こんなにこんなに罪深い女になってしまいました  (17歳のときの詩)

  さらに、

     「こんな世界に私は住みたい」

      こんな世界に私は住みたい

         肩書きもいらず 勲章もなく

       人はそれぞれ はだかのままの心でもって
     
     礼節だけはわきまえて
        
       男も女も仕事をし

     男も女も恋をして
      
        ひとりひとりの幸福を

           ひとりひとりのねぎごとを
         
               心にそっと小さくもって 

       一生かかって みずからのため しつくす

     こんな世界に私はすみたい

                (1949.6.18)


        「ねぎごと」って、祈ぎ事、願いごと、夢のことなのね。
     「みずからのために、しつくす」というのもいいねえ!


 また、小川和佑氏は、彼女に関してこんなことを言っている。 

 純粋・・・近頃では、ピュアなどと安直に言われるが、このいかがわしさに
皆気づかないのだろうか?
 純愛などというものは最もいかがわしい。
本当に醜悪なだけなのだ。
 とにかく純粋というやつは、往々にして悲劇(時には喜劇)に向かわせるし
人を破滅に導く。
 大体において、言葉の意味通り人は純粋でなんかいられるだろうか?
少しくらい不純なところがあったり俗っぽいところがなければ人としてとても
生きられるものではない。
 そういう意味では、久坂葉子は純粋であったのかもしれないが、純粋を突
き詰めていけば、自殺するか心中するか、テロリストになるしかないのだ。


 彼女は小妖精、小悪魔、性悪女、魔性の女と称されたが結局は自殺した。
そういえば、三島由紀夫、太宰治も自殺だった。
彼女の自殺は衝動的に見えるが、前から願望があり未遂もあったようである。

 「自殺」について、スリランカ出身の原始仏教者の長老のお坊さん:アルボ
ムッレ・スマナサーラは、こう言っている。

 「何をやっても空しい」と感じて、自殺する人がいます。
「何をやっても空しいと感じる自分は、すごく高次元で世の中を見ているので
はないか。仏教で言っている”超越した智慧”があるのではないか」と思うの
です。
 でも、本当なまったくそうではないのです。
こういう人々は、希望がないどころか、あまりにも大きな希望を持ちすぎなの
です。
 ですから、人生が空しいなどという人への答えは、「あなたは人生に大きな
希望や目的を抱きすぎている。だから何もできないんだ」ということです。
 まずはそれを理解してもらう必要があります。


自殺の理由としては、「空しさ」だけではないとは思うが、かなり当たっている
と思える。
 世の中、酸いも甘いもあり、おばあちゃんがよく言っていたように「ふたついい
ことないものよ!」なのかもしれない。 

 

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June 27, 2008

「クリーーンナップ」

Tessenn

        テッセンじゃないかな?


 今朝起きしなに、急に”クリナップ流し台”の「クリナップ」は、「クリーンアップ」
(clean up)じゃないかと、何の脈絡もなく頭に浮かんだ。
 つまり、”きれいにされた流し台”・・・システムキッチンというわけである。

調べてみると間違いだった。
 調理台、ガス台、流し台の3点セットという意味らしい。
野球のクリーンナップから来ているという。
 ”野球のクリーンナップ”というのも、いま少し意味不明である。
野球の打順の3番、4番、5番のことであろう。
 (クリーンナップトリオと言うモンね)
打者の1番、2番が塁に出たのを、クリーンナップ・・・すなわち「一掃」するから
なのか?

 ダンロップの名前の由来は何であろう?
イギリスの獣医ダンロップが、自転車の空気入りタイヤを発明したからとそっけ
ない。

 三洋電機のサンヨーは、太平洋、大西洋、インド洋の関係と想像がつく。
創業者の「世界で勝負するぞ!」の意気込みである。

 ソニー(SONY)はどうであろう?
初めは違う名前だったらしいが、世界に通用する名前をということで英語にした
らしい。
 音「SOUND」、「SONIC」、の語源となったラテン語の「SONUS]と小さい
とか坊やという意味の「SONNY]を組み合わせたものらしい。
 そのころのソニーは、まだ小さな会社で、はつらつとした若者たちのの集まり
だったという。

 サントリーは、創業者が鳥井信治郎で、前に「寿屋」という会社で「赤玉ポート
ワイン」を販売していた。
 その”赤玉”が”太陽”に見えるということで「サン」の「鳥井」・・・「トリー」となっ
たということである。

 毎度、役に立たない知識ではあるが、”トリビア”ということで・・・。

 

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June 24, 2008

「かん違い」

Siroikakuteru

            白バラのカクテル


 いつものどうでもいい話だが、カメラ専門店?いや電気製品全般を売っている
「ビッグカメラ」という大型店を知っておられるだろうか?

名前は、「大きなカメラ店」から来ている・・・と思っていた。

 昨晩、夜遅くになるとよくやっているテレビショッピングで「ビックカメラ」(BIC 
CAMERA)の宣伝をしていた。
 ソニーのデジカメであった。 69800円・・・。

えっ、「ビッグカメラ」(BIG CAMERA)とばかり思っていたが、「ビック カメラ」
だったのか・・・。

 恥ずかしい話である。
ずっと、かん違いしていたのである。

 創立者にインタビューしてみると、「ビック」というのは旧アメリカ領のオセアニ
ア地方のスラングで、意味は”中身の伴った大きいこと”ということらしい。

 「限りなく大きく、限りなく重く、限りなく広く、限りなく純粋に!」という意味を
込めたかったようである。
 ただ大きいだけの石でなく、小さくても光り輝くダイヤモンドのような企業にな
りたいという希望を込めて命名したそうである。

 じゅうぶんBIGだと思いますけど・・・。

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June 21, 2008

「犬のしつけ」

Feneru


 最近、友人Kさんから、「この本いいですよ!読んでみてください。家にはペット
はいないんですが、犬が大好きで将来のために読んだら非常に良かったので、
是非!!」と犬のしつけの本を借りた。

それは、ジャン・フェネル著「犬にならって犬の言葉を学ぶ」という本である。
 ジャン・フェネルさんは、イギリスのブリーダーで、数々のドッグショーで優勝の
経験を持ち、最近は問題犬を扱う専門家として絶大の人気を誇っているという。

 ペットとしての犬に興味のない人には、なんでもない本であるが、実際に1歳
になるラブラドール・レトリーバーを飼っているかずぼうとしては、興味津々である。

 それに、数々の”犬の気持ちがわかる系”の本を読んだ犬好きの僕にとっては
、”目からうろこの落ちる”本であった。

 彼女は、「犬は人間にとって最高のパートナーである」と始めに言う。
だから、犬にも人間社会の決まりを教えることが必要なのだと続ける。
 それには、「服従訓練」と呼ばれる、体罰をも辞さない昔からの訓練があったが
彼女はその方法に疑問を感じる。

 そして、犬を自分の意志で人間に従うように仕向ける方法を研究する。
そのころ、馬と信頼関係を結び痛みや恐れを与えることなく馬を調教していた
”馬と話す男”という異名をとるモンティ・ロバーツに出会う。

 さらに、リーダーのもとで秩序正しく生活する野生のオオカミをじっくりと観察
する。
 祖先のオオカミと同じDNAが現在の犬たちに受け継がれているのを感じる。
そして、犬が群れを存続させようという本能から”自分の意志”でリーダーであ
る飼い主に従うようになるというのだ。

  「犬に誰がリーダーかをわからせる方法」

1.再会5分間ルール
   犬に初めて出会う一日の始まりのとき、犬は飼い主に飛びつき、ほえ、
   はねまわる。
   これは、犬が自分がリーダーであることを確認する儀式行動であるという。
   だから、最初の5分間は無視するというのである。
   目もあわせない、つまり”シカト”ですね。

   そういやあ、殿様が朝起きて、家来に「おはよう!」といって頬ずりするの
   はおかしいのである。

2.危険を知らせる
   誰か他人が訪れたときに、飼い犬がほえる。
   普通は飼い主が、大声で犬をしかる。
   けれど、彼女は危険を知らせてくれて「ありがとう!」と犬を優しくなでて
   ほめるのが良いという。それがリーダーのとるべき態度であるという。
   そのとき訪問者は、犬を無視する。

3・基本的コントロール
   「来い!」、「おすわり」、「待て!」、「ヒール」(飼い主の左横におすわり、
   「ハウス」(犬小屋に入ること)の訓練がしっかりとできていること。

4・散歩は飼い主より前には絶対に出させないこと。 
    リードを引っ張らせない。
    リーダーの指示で散歩すること。

5・食べ物の力関係
    犬は最後に食べれることを認識させること。
    人間も入れて、序列順に食事を取る。
     (犬用のご飯トレーの横にビスケットを置いて、序列順に食事をする
      真似事をする)

 大雑把な説明ではあるが、詳細は本書を読んでください。
 イギリス、アメリカでベストセラーになった本だとか・・・。

        ためになったよ!Kさんありがとね!!!
  

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June 16, 2008

映画「最高の人生の見つけ方」

List


最近であるが、ジャック・ニコルソンが大好きになった。
 昔の作品では、「シャイニング」、「カッコウの巣の上で」など数々の名演で有
名な俳優らしいが、そういう映画を見たこともなく、少し顔を知っているくらいだ
った。

ちょっと前、英語の勉強をしていて、映画「アバウト・シュミット」のシナリオの
英語表現が例として使われていた。
 興味を引かれ、ついでにレンタルビデオで借りて、その映画を観た。
おもしろかった・・・。

 「アバウト・シュミット」は、定年後の初老の男性の悲哀を描いたものである。
会社からは見放され、妻に死なれ、子供との意思の疎通がなく悩み、友人と
もけんかした彼が、「生きがい」を見つけてゆくストーリーだった。
 ニコルソンの名演が輝いていた。

映画「最高の人生の見つけ方」は、そのニコルソンが、10数年ぶりに日本に
プロモーションに来たくらいだから熱が入っている。

 どうしても、今度の新作が観たくなった。
ネットで調べると、近くでは、”ワーナー・マイカル・シネマズ三田ウッディタウン
で日曜日は1回だけ上映している。
 いてもたまらず、高速を飛ばして駆けつけた。
映画館まで1時間ばかりかかった。
単独での久しぶりの映画はなんだかワクワクする。

 エドワードことジャック・ニコルソンとカーターことモーガン・フリーマンが偶然に
病室の二人部屋で一緒になった。
 それにあろうことか、二人とも末期ガンで余命6ヶ月の宣告を受ける。
エドワードは会社社長の大金持ちで、カーターはしがない自動車修理工である。
 カーターは、病床で昔、学生だったころの哲学の授業を思い出して、「バケット・
リスト」をメモに書き出している。
 「バケット・リスト」とは、「棺桶リスト」のことで、棺桶に入るまでにやりたいこと
見たいもの、体験したいことのすべてを書き出すのである。
カーターの書いた「棺桶リスト」をエドワードが偶然読むことからハプニングは始
まる。

 周囲の反対を押し切って、ふたりは「棺桶リスト」を実行すべく旅に出る。

それからは内緒のストーリーだが、とにかく涙あり、笑いありのなかでいろいろと
考えさせられるのである。
 
 「棺桶リスト」といわれると忌み嫌う人も多い。
けれど、かずぼうはあまり気にならず、考え方は大好きである。
 早速書き出そうと思っている。
 
5年ごとの「目標リスト」でもいい。
 メモに書き出して、実行できれば横線を引いてゆく・・・。
さあ、どれだけ横線が増えるか楽しみだ!

 ”ハラハラ、ションボリ”ではなく、”ワクワク、ドキドキ”の人生を歩もうぜ!

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June 03, 2008

「入梅」

Hunsui


 昨日だったか、気象庁は近畿地方が「梅雨入り」を宣言したらしい。
ふと「梅雨」の語源が知りたくなった。
 まあ、梅が熟すころの雨かららしいとは容易に想像はつく。

詳しく調べると、案の定、諸説あるらしい。
 もともと中国で、「黴雨」(ばいう)と読んでいたが、カビでは語感が
よくないので、同じ読みで季節に合った「梅」の字を使い「梅雨」とな
ったという説があるという。
 
 実際、梅雨のころは、よくカビが生えるし、言い得て妙である。

何で、「梅雨」を「つゆ」と読むのかよくわからない。
 「露」からの連想とか、梅の実が熟す時期だから、「つはる」と関連
つけたとか、カビのせいでモノがそこなわれる「費ゆ」(つひゆ)からの
連想だとか、いつもの如く諸説ある。

 結局は、はっきりしないのである。
「隔靴掻痒」、釈然とせず、消化不良というか中途半端な気持ちになる。
 だからといって、いつも語源というか由来を調べたくなる”やっかいな
性格”のかずぼうである。

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June 02, 2008

「若狭駒ケ岳」

Buna

         新緑のブナ林の中の登山道


 昨日の日曜日、友人に誘われて若狭駒ケ岳(780m)に登った。
前日の大阪出張があり夜遅く帰宅で、早朝出発はきついかなと山行
きを躊躇していたが、出張の用事を早々に済ませ、いつもより早く帰
宅して登山を決行したのである。

 若狭駒ケ岳は旧上中町にあり、鯖街道熊川宿の近くから登る。 
(三方町と上中町が合併して若狭町となったのは、つい去年のことで
ある)
 日本の駒ケ岳20山の一座であるが、そう知られてはいない。
簡単ルートを避けて回り道したので、休み、昼食時間を入れて都合5
時間の行程であった。

 天気も雲ひとつない快晴で、風が涼やかで心地よい新緑のブナ林の
中の山道は、”快適”の一言だった。
 雑草はあまりなく、落ち葉がうっすらとつもり、開けて広々とした登山
道は気分も開放的でウキウキする。
 時折、ピンクに染まった谷ウツギの樹木やバラ科のシモツケのまるま
った白くてて小さな花々は心を和ませてくれる。

 また薄暗い林の中で、足元にギンリョウソウの群生するのを見つけた
ときは思わず歓声をあげた。
 この腐生植物ギンリョウソウ(銀竜草)は、20年ほど前に五老ヶ岳に
登ったときに初めて見つけてその異様な小さな花に目を見張ったもの
であった。

Ginnryousou


 ギンリョウソウは、森林の樹木の根元に生え、極端
に珍しい花というわけではない。
 ちょうど初夏に周囲の樹木と外菌根を形成して共生
するベニタケ属の菌類とモノボイド菌根を形成し、そこ
から栄養を得て生活するという。

 (この写真は右クリックすると大きくなります)

色素はなく、従って葉緑体がなく光合成しない。
 全体が透けた白色で、透明感があり、ガラス細工や蝋細工のようにも
見える。
 キセルや龍のような形で、山地のやや湿り気のある、あまり陽の光の
ささない落ち葉の中にひっそりと15センチくらいの大きさでたたずむ。
 奇怪な色と形でかずぼうを魅了するのである。
なんだか幻想的で、ミステリアスでこの世のものとも思えない。

 主に今頃によく見られるが、秋口にも少し違うがアキノギンリョウソウ
(ギンリョウソウモドキ)というのが咲くのである。
 れっきした花なのであるが、姿かたちから菌類かキノコに間違われる
ようで、かわいそうな花である。
 植生もはっきりせず、どうもキノコの菌類から栄養を得ているらしいから
自立していず、人間で言えば、”閉じこもり”や”パラサイト”みたいな奴で
ちょっとずれた感じがかずぼうに魅力を感じさせるのかもしれない。
 この花にあっただけでも大収穫なのに、素敵なブナ林と素敵な仲間と
の山登りに有意義な休日であった。

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