November 04, 2009

「観という漢字のこと」

Isigaki1

           石垣と赤い花


 ある友人が、かずぼうに聞いた。
「"観"と言う漢字あるやろ。"見る"とどう違うねん?」

かずぼう 「うーん、そやなあ。"観"は、観察の"観"だから、よく見ること、
        知恵を持って見るということかな?」

 かずぼうは、ものを類型化することはあまり好きではないが・・・。

世の中には、ふたつのタイプの人間がいる。

 ひとつは、社交的であまり本は読まず、知識は人に質問することによって
得る。
 もうひとつのタイプは、あまり社交的でなく、本を読むのが好きで、疑問点
があれば、図書館へ行ったり、ネットで徹底的に調べないときがすまない
人である。

 かずぼうはどちらかと言えば、後者なのであろう。

「観」と言う漢字が気になって仕方がなくなった。

 「観」という漢字は、「観音さま」の「観」であるし、般若心経の冒頭にある
「観自在菩薩・・・」の「観」でもある。

 「見る」のが、肉眼で見るのに対し、「観る」のは、心眼で見とも言える。
「観音さま」つまり、「観自在菩薩」は、一切諸法の観察と同様に衆生の
救済も自在なありがたい仏さまということである。

 漢字字典をひも解くと、「観」の左側の偏は、口をそろえて鳴く水鳥を示す
とある。
 とすると、「そろえてみる」、「みわたしてみくらべる」、「みくらべて考える」
という意味なのかあ・・・。

 「観光」、「外観」、「客観」という漢字を見るとうなづける。

まだすっきりしないので、漢字といえば大家の白川静氏に御登場願おう。

 「字統」によると、「観」の漢字の偏の解説を見ると、

 農耕儀礼に関する字と思われる。
また字が鳥の形であることからいえば、それは鳥占いの方法による儀礼で
あろう。 
「観る」という行為には、呪的にその対象を支配するという意味が含まれていた。

鳥は鳥でも、冠毛を持つ大きな眼をした鳥らしい。
 サギなのかもしれない。
コウノトリという記載のあるのもある。

鳥占いというのがよくわからないが、農耕に関して占いをするのに、鳥の鳴き声
や飛ぶ方向などを参考にしたらしい。

 「観る」と「鳥占い」の関係は?
そろそろ迷宮に入ったらしいのである。

 中途半端ではあるが、根が尽きた・・・お後がよろしいようで・・・。

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October 20, 2009

「人間蝋燭論」

Yurinohana


 長崎の禅心寺の住職、金子真介老子のお話を聞いた。
 
「人生蝋燭論」という説である。

 人間の一生を蝋燭にたとえ、誕生は火がついたとき、死は燃え尽きるとき
である。
 蝋燭が完全燃焼するにはどうすればよいか?
どう自分を輝かせ、またどこを照らすのか?


 御釈迦さんが、80歳で亡くなられるとき、そばで悲嘆に暮れる弟子、アーナ
ンダに最後の説教をする。

          おのれこそ おのれのよるべ

          己を惜きて 誰によるべぞ

          よくととのへし おのれにこそ

          まことえがたきよるべをぞえん

          
                 (法句経160番)


          自己こそ自分の主(あるじ)である
    
          他人がどうして自分の主であろうか

          自己をよくととのえたならば

          得がたき主を得る
  
          

   
   ぐっと来る、心にひびく話である。

       よるべ=灯明=ろうそくの光・・・かな?

  


 

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October 10, 2009

「陰徳とは」

Hinoiri


 今日より旅に出る。

ふと、「陰徳とは何か?」と考えた。
 脈絡は全くないのである。

「陰徳は耳鳴りの如し」

 「右手なすことを左手に知らすな!」

なるほどね!、耳鳴りは自分にしか聞こえないもんな。

よいこと、よいおこない、人のためになることは、人知れずするのが良い。
 人に知れてしまうと、「陰徳」とはならないのである。
ややもすると、「偽善」となる。

 ひとの前でしか、いいことをしない、これ見よがしに「よくやってるでしょ!」
光線を発する人がいる。

 あっ、俺のことか・・・。

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October 06, 2009

「2度目の武奈ヶ岳」

Buna


 滋賀県の大津市にある標高1214.4mの武奈ヶ岳に、4日(日)に
登った。
 滋賀県西部、湖西地方に位置する比良山地の最高峰である。
日本二百名山、近畿百名山のひとつである。
 2004年リフト、ロープウェイが廃止され、訪れる人が減ったのかと
思えば、最近の登山ブームのせいか、結構な人出である。

 今回は、朽木町の坊村から登った。
天候は申し分なく秋晴れで、駐車場は満杯だった。

 ここは登り口からの急坂で有名である。
杉の植林の中を黙々と登り始める。
 今回のメンバーは、同世代のベテラン2人と、30年ほど前に少し
アルプスを経験し、そのあと中断、最近山に目覚めた、メタボ最前線の
かずぼうの3人である。

 かずぼうのいいところは、そんな中でも臆せずに参加するところだと
勝手に自負している。
 足手まといになり、迷惑をかけるだろうなあ!と思いつつメンバーに
くわえてもらった。

 急坂に加えて、最初の60分くらいはいつも、つらーい。
いつもはそんなに使わない大腿四等筋が悲鳴を上げる。
 汗かきのかずぼうは、はやポタポタ落ちる汗を首にかけたタオルでぬ
ぐう。
 前にベテラン風のふたりが、この間のアルプス行きの話をしながら
余裕で歩を進めている。
メンバーの中の先頭のかずぼうと後に仲間のふたり、その後に7~8人
が続く。
 
 こんなに並んでの登山はひさしぶりである。
遅れてペースを乱さないかと心配し、必死で登る。

 いつものように、冗談を言いながらの登るのと大違いである。
つらーい・・・。

 こんなにつらいのになぜ人は・・・いや僕は、山に登るのであろうか?

よくある陳腐な命題がふと頭をよぎる。
 かずぼうは自然が大好きである。
海釣り、鮎の友釣り、サイクリング、旅、寺巡り、アウトドアー、キャンプ
カメラ、散歩、星観察・・・。

 なかんずく、ひとの力が届きにくいところほど自然はそのまま残って
いる。
 そこはどこか?・・・山なのである。
だから人は山に登るのだと思う。
 しかも、苦しいことの後の楽しいこと・・・美しい山々の景色、心地よい
そよ風、食事の美味しいこと、達成感・・・だからたまらないのである。

 登りは、トリカブトの群落やマムシグサの毒々しい実に感嘆しながら
杉林の後のブナ林を通り、尾根を越え、西南稜にたどり着く。
ここまで2時間くらいだったかな?

 仲間の山キチでベテランの友人が言う。
「1000メートル級の山で、こんなに見晴らしのいい山は初めてだ!
360度の展望で琵琶湖は見えるし、遠くに青葉山まで見える・・・。
すばらしーい!」

 ススキもあちこちに風に揺れている。
紅葉にはちょっと早いのかな?
ここは雪が多いせいか、はたまた風が強いせいか背の高い樹木がない。
 すばらしい展望はそのおかげであろう。

北東の方向に見える頂上には、後40分ばかりである。 
 この山に数十回登ったであろうベテランの隊長は言う。
「こんなに多い登山者を見たのは初めてだなあ!」

 じゅづつなぎで、頂上に立つ。
     やったー!!!
恒例のビールで乾杯、隊長の手作りのあつあつホルモン焼きうどん 
に舌つづみ・・・。

 ひと息ついた後下山する。
下山は楽なようで、結構つらい。
ひざに負担が多く、時として足を痛めるのである。

 ベテランは言う。
「くだりは、二本のレールの上を規則正しく、ゆっくりと小幅にすすめ
るんだ。 ひざのクッションを最大限利用してね!」

 かずぼうは尾根の登りで、左足がつった。
大腿四等筋だ。
 痛っ!!
けれど心配ないのだ。
 ここは、漢方薬ツムラ68番・芍薬甘草湯の出番である。
お茶でこの粉薬をのどに放り込むと、たちまちに痛みが取れる。
 痙攣性疼痛によく効くのである。
後で、カリウムを多く含むオレンジジュースを飲んでおくといいと言う
のは僕の家庭医のH先生の助言である。

 すぐに下山を続ける。
それにしても長い山道はつらかった。
くだり2時間、合計5時間くらいの道のりだった。

帰りはこれも恒例の温泉、朽木の「てんくうの湯」で汗を流し、帰舞
してからの反省会は、隊長の段取りで、酒と魚がめっぽううまいと
言う「じんべえ」で山談議に声を嗄らす。

 なんとも楽しい山行きであったのであった。

 


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September 29, 2009

「おもしろクイズ」

Ageha


 おひさしぶりです。
”夏ボケ”ではないですが、日記サボっていました。
 ごめんなさい。

「おもしろクイズ」というのを聞きかじったので、紹介します。

 牛乳瓶に牛乳が入っていて、他にコップがひとつある。
兄と妹がいて、牛乳を半分づつにして飲みたいのであるが、さてどうすれば
いいか? 

 「好きなようにすればいいんじゃないの」というのは無しにして・・・。
なぜ兄と妹なの?という質問もなしにして・・・。
 考えてみてください。

 メスシリンダーは近くにないようだし、料理用のメジャーカップも使えないか。
どちらかが、目分量で半分にして、ジャイケンで先行、後攻を決めればいい。
 これは公平である。

 正解は、兄が自分で、納得できるまで牛乳瓶とコップに、半分に分ける。
自分がどちらをとっても良いと確信できるように分けるのである。
 そして、妹に牛乳瓶かコップかを選ばせる。
こうすればふたりとも不満はない。

 なるほど、民主的な、いかにも妥当な解決方法である。

仏教(大乗のほうかな?)では、この「こだわり」の考え方に不満である
という。

 「たとえばこうするのはどうであろうか?」と仏教の教えでは提案する。


牛乳を牛乳瓶から全部、コップに移す。

 そして、兄が妹に言う。

「妹よ、好きなだけ飲んでいいよ。でも、少しはおにいちゃんにも残しておい
てね」

 妹 「うん・・・」

妹は、半分よりやや少なく飲む。
 そして、残りを兄に渡す。

 妹 「お兄ちゃん、どうぞ!」

 「ありがとう」

兄も、全部を飲まないで、少しを残しておく。

 「後は全部、お前が飲みなさい」


妹 「ウン、ありがとう」


 
 これが仏教的考え方だという。
なるほどね、きれいなあ!
 心温まる話である。

でも、問題は「半分づつにするにはどうしたらいいか?」という問いでしょう?
 とかいう、野暮な突っ込みは無しにして・・・。

この「半分」にトコトンこだわってしまうのが”人間の常”である。

 この「こだわり」を捨てれば、世の中はどれだけ過ごしやすくなるのか。
ちょっと考えさせられるのである。


  この話は、ひろちさや著「幸福になる仏教の生き方」から引用しました。  

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August 24, 2009

「初めての仏国寺座禅体験」

Bukkokuji


 この頃は残暑とはいえ、朝夕はそよ風に秋を感じる。
つくづく日本はいいなあ!と思うのである。
 だって、「風に季節を感じる」ことのできる国だぜ!
 
少し前のことになるが、小浜の仏国寺の座禅体験に行かないかと友人
に誘われた。
そういうことには、ほとんどミーハー状態のかずぼうは、二つ返事でOK
したのである。
 日程は8月23日ということに決定。

小浜までは、在所から小1時間、早ければ40分くらいで行ける。
 日曜日の早朝5時40分から開始というから、4時40分には出発しな
ければならない。
 ということは、4時には起床ということになる。
結構タフなスケジュールではある。

 前日の土曜日の夜、バレーボールの日本と中国との対戦のテレビ
番組が9時からである。
 ついつい、昂奮して見てしまった。

当然、眠い眼をこすりながらの起床である。
 4時に起床のはずが、3時には目覚めてしまった。
 座禅用の作務衣を着て出発。
高速道路からの暗いオレンジ色の朝焼けのすばらしさ。
 最近見たことがなかった光景である。

初めての訪問に、場所が分からず、近くのコンビニでゼンリン住宅地図
のコピーをしてもらい、それを見ながらようやく仏国寺の山門にたどり着く。 
 国道からはすぐなのだが、10分くらいまごまごした。

Bukkokuji2


山門をくぐると、すぐに案内のお坊さんが親切に誘導してくれる。
 脇の壷に咲いているハスの花の桜色が美しい。

 Bukkokuji3


座禅道場は木造の家屋の2階になるらしい。
 緊張して、トイレに行きたくなる。
案内されトイレの窓から洗濯物が見える。
 煮しめたような色をした軍手とタオルが干してあった。
大事に使われているんだなあ!と感心する。
 その後、ミシミシ音を立てる階段を静かに登って、薄暗いところを案内
される。
 どうも座席が決まっているようだ。
曹洞宗なので、壁に向かって坐る。
 ワラの混じった土壁がなつかしい。
ちょうど小さなくぼみがあり、そこを半眼で見つめるともなしに見つめる。

 ぞろぞろと階段を登る足音が聞こえる。
僧衣姿のようである。
 どうも、修行僧と一緒の座禅のようなのである。
緊張する・・・。

やがて、鐘の音で静かに座禅は始まる。
 異様にシーンとしている。
時折カラスのカアッ、カアーと鳴く声がこだまする。
 他の音は一切聞こえない・・・。
海からの風か、山からの風か?さわやかでここち良い。

 40分と聞いているが、それまでに座禅を終えて幾人かは去ってゆく。
どうも朝粥の準備のためらしい。

短く感じられた40分の座禅が終わって、次はお経を詠むお勤めである。
 案内のお坊さんが、僕の横にいる若い外人の修行僧に「どこを読んで
いるか教えてあげてください」と経本を手渡される。
 お経は、般若心経、観音経、延命十句観音経その他のようである。
宗派によって、お寺によって、あげられるお経はさまざまである。

 その若いお坊サンは、一生懸命経本をめくっているのだが、当惑顔で
ある。
 どうも日本語は読めないらしい。
「スミマセン、ワカラナーイ、ゴメンンナサイ・・・」
 道理である。彼のお経のメモはすべてローマ字であった。

適当に探してわかるところだけのお経を詠む。
 途中、五体当地が3回するのが盛りこんであった。
インドやチベットでよく見られる、両手、両膝、ひたいを地面に投げ伏して
仏に礼拝する例の奴である。
 この礼拝の仕方が日本にもあったというのは新鮮というか驚きであった。
このときに修行僧を含むお坊さん10数人のうち、半数が外人であったこと
がわかった。
 中には、70過ぎの頭を丸めた尼僧、30才くらいの若い尼僧の二入が
目立つ。
一般の人の参加は、僕たちを含めて数人のようである。

 延命十句観音経は、非常に短いお経で、アフガンで捕らえられた日本の
会社の社長が、いつも唱えていて助かったという、いわくつきのお経である。
 かずぼうは、暗記しようと努力するのだが、まだ覚え切れていないことが
情けない。

本堂でのお勤めが終わると、今度は観音堂でのお勤めである。
 ここは先ほどの尼僧がリーダーとなる。
イントネーションが微妙に異なるのがおかしい。
 さらに般若心経を唱えるときの太鼓のたたき方が不思議である。
ドドント、ドドント、スットンドン・・・で、お祭りの太鼓に似ている。 
 ふきだしそうになるのを必死にこらえて、心経を・・・。

次に朝粥をご馳走になる。
 修行僧らのお坊さんと一緒の食事である。
細長い机にそれぞれの応量器がおいてある。
 おかずは、皆でそれぞれお皿から取り分ける。
ガンモの揚げたのと、いもの茎と人参の炒め物、梅干に大根の香の物
それに大豆の発酵させた大徳寺納豆(?)様の味噌味みたいなもの。
質素であるが、栄養的には十分か・・・。
 食べる前に、それようのお経と食事五観の偈を唱える。
ここでお坊さんたちを初めてまじかに見る。

 僕たちを案内してくれたお坊さんの僧衣を見てびっくりである。
つぎはぎだらけで今にも崩れ落ちそうである。
 顔もやせ細って、昔の良寛さんみたいである。
なんだか世捨て人の集団の中に迷い込んだような感覚に見舞われる。
 部屋の隅にはせんべい布団がたたんで置いてあり、ここで寝てるんだ
と感心する。
 ようやく食事を終え、応量器を白湯とたくわんできれいにする。
3つのおわんを重ねてしまいかた終了。
 またお経をあげて、作務の担当の読み上げとなる。
本堂の廊下拭きはだれそれ、庭の草むしりはだれそれ、道のタケボウキ
はだれそれと大声で読み上げる。

僕たちは作務はご遠慮させていただき、失礼する。

 後は、葛饅頭で有名な「伊勢屋」に寄って帰路に着く。
初めての体験も多く、ワクワクドキドキのスリリングの時を過ごしました。

 P.S
  今朝は、特攻隊の生き残りとして有名な原田老師には出会えず、残念
  でした。
  夜の座禅にはお見えになるようです。
  夕方6時からで、9時ごろ終了とか。
  良寛似の案内のお坊さんからは、「夜もいいですよ!ぜひお越しください。
   待っています」と親切なお言葉。
  当寺まで車で飛ばして小1時間は遠いが、値打ちはあるし、ぜひ訪れた
  いと思うかずぼうであった。 

  座禅とお勤めと食事まで頂いて、料金はいらないとのこと。
  もったいない話ではあるのではある。
    (一応、それ相応のお布施はしときましたけれどね)
   

 

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August 19, 2009

「8月16日下鴨神社・古本市」

Huruhon


 ひさしぶりの更新です。
サボっていました。
 お盆の最後の日、用事があって、ひさしぶりに京都へ行った。

ちょうど、毎年、下鴨神社で開催されている「古本市」の最終日だった。
 いつかは行きたいと熱望していて、希望がかなってうれしい。

コチョココチョ用事があって、下鴨神社に到着したのが3時半ごろになってしま
った。
 そのときアナウンスがあった。
「今日は最終日なので、片付けのため4時までとなります。ご了承ください!」

 ええっつ、あと30分しかない・・・。
あせりまくるのである。

 夏日なので、暗くなるまで時間があり、なんとなく6時ごろまでだろうという
甘い予想の当てが外れたのである。

 滝のような汗をふりまきながら、キョロキョロ、本のタイトルに眼を凝らしながら
足早に各店を回る。

目標は、英語の本、陶芸に関する本、禅に関する本、何か面白い小説などで
ある。

 おりもおり、さらにアナウンス。
「もう最後だし、持って帰えるのも大変だし、ここのは半額、大セール・・・・・
こっちのは、3冊500円で大売出しだよっ・・・」

さらに、あわててパニクる。
 たくさん人がいるのに、かずぼうの視界は本、本、本のタイトルにしかない。

小走りに、あちこち回って、チベット仏教の英語の本、宗教関係の本数冊、
それに縄文時代の陶器の像についての本等買いあさる。

ふーう、しんどい!
 時間切れとなり、皆ぞろぞろと帰路を急いでいる。

ちょっと小腹がすいたので、300円が最後で200円似やすくなった冷たい
うどんをすする。
インスタントなのに、めっぽううまく感じる。

 あとは、8時からの大文字焼きの観賞と行くところだが、愛犬アレンを庭に
ほっぽりだしたままなので、心配で、いそいそ車を在所に走らせたのだ。

 あわただしくも、お盆らしい、お盆の最終日だったのである。
  

 

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July 06, 2009

「初めての武奈ヶ岳」

Taki


 いつもの山仲間から、ひさしぶりにお誘いがあった。

「武奈ヶ岳に登りましょう!」
 「蒸し暑い毎日だから、涼しいところで、滝の周りをチョコチョコっと
巡って登りましょう!」

 武奈ヶ岳は、日本二百名山、近畿百名山に選ばれる比良山系の
最高峰として君臨する1214メートルの知る人ぞ知る美しい山である。

 隊長のSさんは、近隣の山のお誘いでも、簡単な山の場合などは
普通のコースではなく、わざと回り道などしてそれ相当の設定をする
人物である。

 彼は、おそがけに始めた山登りとはいえ、相当の経験をしている
ベテランクライマーである。
 ほぼ登山初心者のかずぼうとしては、自分の能力の少し上のコー
ス設定にならざるをえない。

 "滝の周りをチョコチョコっと歩く”ってか!!
本心は少しびびっていた。

 コースは朽木村とか安曇川近くにある滋賀県高島市、琵琶湖西部
のガリバー青少年旅行村が登山口である。

 そこから八淵の滝のある大擂鉢を経て、貴船の滝、七変返しの滝
を過ぎ、比良山スキー場跡、八雲ヒュッテ跡にたどり着く。

 登り始めてからすぐに、「八淵の滝方面は、鎖場、綱場がありますの
で初心者の方は他へおまわりください」の看板が目につく。
 隊長に、「大丈夫ですか?」と聞くと、「たいしたことあらへん!」のひ
と言。

 しばらくすると、ザーザーと滝の音が聞こえる。
水にぬれた岩は滑りやすい。
 "3点確保”、”岩に近づきすぎるな!”、”足場を確認”と隊長の罵声
がとぶ。

 「三点確保」とは、岩登りによく使われる言葉で、手足4本のうちのど
れかを動かすときに、残りの3点を確保しておくことである。
 当たり前のことではあるが、これをきちんと守らないと不安定で滑落
の恐れがある。

 体を岩に近づきすぎる、即ち岩にへばりつくようになると、足場に体重
がかからず不安定になるし、次のひっかかりに手を上げ過ぎるようにな
るので、疲れるし安定しないのである。
 これらは実践してみてよくわかった。

やっとのことで、比良スキー場跡についたのであるが、かずぼうは慣れ
ない岩登りで疲れきっていた。
 やはり余分の力を使い、余分の神経を使ったのであろう。
それに、メタボの肉体は、10キロの鉛をハンデにおなかに抱えていると
いえよう。
憔悴しきったかずぼうに、隊員その一さんは、心配そうに言う。

 「かずぼうさん、無理しなくてもいいのよ。ここで弁当を食べてゆっくり
休んで、帰ってしまってもいいのよ・・・」

隊員その一も、毎週でも山登りに行くというベテランクライマーである。
   (かずぼうは一応、隊員その二である)

あと2時間くらいで頂上と聞く。
 遠くに武奈ヶ岳の頂上が青空にくっきりと浮かんでいる。

おにぎりをひとつ食べ、お茶をグビグビとのどに流し込む。
 リュックを下ろし、流れ出る汗をタオルでふいて、ひと息つく。

「大丈夫です!行きます!」
 不安を抱えながら、自分に負けてなるものか!と勇気を奮い起こす。

 そこからは、イブルギノコバを経て頂上を目指す。
なんと2時間はかかりそうだったが、1時間あまりの行程だったのだ。
ああ、助かった!

頂上は、名山なので結構な人だかりである。
 
 「ばんざーい!!!」とうとう念願の武奈ヶ岳頂上に立ったのである。

Tyoujyou


あいにく眺望はガスにかかってイマイチであったが、達成感は最高だ!

缶ビールで乾杯のあと、隊長の準備の冷麺に舌鼓を打つ。

 帰りは、イブルギノコバでアシウスギ(芦生杉)の群に出会う。
「でっけーなあ!」何百年も生きているのだろう。
幹周りは5~6メートルはあろうか、貫禄である。
 日本海側の多雪地帯に自生する杉の変種で、まっすぐに伸びずに
幹の下部から大枝を出すのが特徴という。

Sugi_3


くだりは、少し八淵の滝とかを横切ったが、大体は単調なもので2時間
あまりの行程であった。
 途中、せみの合唱に暑苦しさを感じたり、小鳥のさえずりに聞きほれ
たり、汗ばむ体に自然の冷風を浴び快感!を感じたりした。

 登山後は、足はガタガタ、手はコリコリ、腰はヨロヨロのわが身を朽木
の温泉「てんくうの湯」でほっこり。

 おかげさまで今回も大満足の山行きとなったのである。

 
 


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July 01, 2009

「これでいいのだ!」

Tessen5


 最近は町田宗鳳さんの本を読みふけっている。
彼の著書「生きているだけでいいんだよー『臨済録』自由訳による」の中
にこういうフレーズがあった。

 ストレス解消法は、「生かされて、いまここにいる」ジブンにあります。
この世に生きているかぎり、ままならないことが多いわけです。
 どうせままならない世の中なら、「これでいいのだ」と開き直ればいいの
です。
 
 そして、ヒマラヤの僧院で厳しい修行をしてきたお坊さん・野口さんの詩
を紹介しています。

 
        これでいいのだ
 
        といっていると

        愚痴をいわなくなり

        不満がたまらない

        だから

        これでいいのだ!


        これでいいのだ

        といっていると

        求めなくなるのだ

        だから

        これでいいのだ!


        これでいいのだ

        といっていると 

        いらいらしなくなり

        おこらなくなるのだ

        だから

        これでいいのだ!


        これでいいのだ

        といっていると

        この世に嫌なことはななくなり

        嫌な人もいなくなる

        だからこれでいいのだ!

  この言葉どっかで聞いたことがあるぞ!!!
ううぅーーん、あっ、そうだ!
 天才バカボンのおっさんの口癖だった!

2008年、去年かあ・・・、 8月2日(土)に亡くなった天才ギャグ漫画家
赤塚不二夫の漫画の中の人物なのである。
 「おそ松くん」もよく読んだ?見た?ものである。 

ケムンパスの漫画をまねてノートに書き込んで練習したことを思い出す。

 どうも、野口さんと赤塚さんは通じているようなのである。
野口法蔵さんの本の中に「バカボン」の説明がしてあるそうなのである。

 「バカボン」は、御釈迦様の10の名前のひとつである。
至上の人を意味する「バッキャーボン」からの引用である。

 「天才バカボンのオープニングの歌」の”タリラ~リララ~ン”はチベット
のターラ菩薩の真言でもある。

 また、レレレのおじさんはお釈迦様の悟りを開いたお弟子さん「チュラ
パンタカ」がモデルにになっていて、彼は無能で物忘れがひどい人でし
たが、お釈迦様から「いつも掃除しなさい」、「チリ・アカを払いたまえ」と
いつも掃除をして悟ったお弟子さんなのだそうである。

 奥が深いなあ!!!
赤塚君も結構、博識じゃないですか。
 
      Kemunpasu


  

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June 24, 2009

「三助の効用」

Arenmayu2


 「三助」というのをご存知だろうか?
江戸時代から昭和の中期にかけて、銭湯で背中を洗ってくれる流しの
男衆の総称なのだそうである。
 今も東京にひとりおられるという話も聞くが、本当のところは知らない。

語源は、越後から江戸に出稼ぎに来た兄弟3人が、3人とも名前に「助」
がついていた。
 客が誰ともなく、3人を「三助さん!」と呼んだらしい。

全国に「子宝の湯」というのがあるが、不妊の女性がこの湯につかると
子宝に恵まれたという。
 「三助さん」が協力したんじゃないかという説があるが本当なのか、
単なるうわさか信偽のほどは不明であるが、ありそうなことではある。
 何しろ江戸時代のことである。

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«「愚に還る」講師:町田宗鳳